快楽の都―グイン・サーガ〈110〉 (ハヤカワ文庫JA)

快楽の都―グイン・サーガ〈110〉 (ハヤカワ文庫JA)

 旅は続く。

 パロをめざすグイン一行は、途中、この世ならぬ者が住む不気味な城に立ち寄ったりしながらも、順調に旅程を辿っていた。

 とはいえ、余りにもひと目を惹くグインの豹頭は、隠そうとしても隠しきれるものではない。いずれだれかに見咎められることは避けられないだろう。

 そこで吟遊詩人のマリウスはある奇策をかんがえつく。グインの豹頭を逆に利用し、豹頭王をかかげる旅芸人の一座を演じようというのだ。

 豹頭王そのひとが、豹頭王役者の役をする!この奇想天外な思いつきにグインは賛成し、一行はさっそく旅芸人の身なりをととのえる。

 そして行く先々の町で公演を行ったところ、グインの異形とマリウスの美声は人びとを魅了し、一行は夢のような大成功を収めた。

 ところが、評判は評判を呼び、一行はタイスの侯爵から名指しで呼び出しを受けることになる。しかたなくグインたちはタイスへと乗り込んでいくのだが、そこではまたあらたな危険がかれらを待ち受けていたのだった――。

 というわけで、この第108巻から第110巻では、グイン一行が〈快楽の都〉タイスへといざなわれて行く過程が綴られている。

 タイスの名はいままで何度となく物語に出ているが、じっさいに作中に登場するのはこれが初めて。

 クムの国民が享楽的であることは知っていたが、このタイスはそのなかでも最も多様な快楽にみちた町、すべての男は女を口説き、すべての女は男を誘う、そんなところであるらしい。

 なかなか楽しそうなところだ、と思うのはぼくだけではあるまい。たとえば、新宿の歌舞伎町が、どれほど危険だ、安全設備が整っていない、といわれながらも、まるでフェロモンを放っているかのようにひとを惹きつけてやまないように、快楽主義者の都タイスは中原の人びとを妖しく誘うのだ。

 しかし、この町を治める侯爵は危険な人柄、なまじ気にいられてしまうと手もとから離してもらえなくなる可能性がある。かといってその機嫌を損ねれば、行き着くところわにの餌。

 グインたちは否応なくジレンマに追い込まれていくのだった、というところで、「次巻に続く」となっている。

 ただでさえ危険な展開に、正体不明の男スイランを絡めて読者の好奇心を煽るあたりはさすがにベテランの芸だ。だが、今回はそれ以上にグインが偽グインを演じるという展開の妙が楽しい。

 ひともあろうにケイロニアの豹頭王そのひとが、旅芸人に身をやつすしまうばかりか、けっこう楽しそうにその役を演じている光景は、じつに可笑しい。記憶喪失のはずなのに自信たっぷりにしか見えないあたりがさすがにグイン。

 ああ、本当にグインが出ている巻は安定感があるなあ。なんというか、なにが起こってもグインがいるのだから安心、という気分で読める。

 例によって次巻が気になるところで終わっているが、これにかんしては黙って続刊を待つしかない。どこかの作家のシリーズと違って、とにかく待っていれば出ることはわかっているのだから、じつに気楽なものである。