ザ・クレーター (1) (秋田文庫)

ザ・クレーター (1) (秋田文庫)

 昨日、市内の某病院に行ったら、先方の手違いで2時間近く待たされる羽目になった。おかげですっかり予定は狂ってしまったが、そのあいだに文庫を2冊読みあげることができた。それがこの「ザ・クレーター」である。

 手塚治虫が「少年チャンピオン」に物した作品をまとめた短編集で、基本的には個々の作品には内容的に共通点はないのだが、しばしば同じ名前の少年が主人公を務めるあたり、高橋葉介の「学校怪談」に似ているかもしれない。

 いわゆる「スター・システム」をひとつの作品の作品のなかでやっている、と見ることもできる。

 その少年、オクチンは、毎度毎度、さまざまな立場でさまざまな事件に遭遇する。時間をさかのぼる河を発見したり、とある軍事国家でパイロットを務めたり、あげくの果てには月面のクレーターにひとり取り残されることになったり――。

 内容はコメディからピカレスクまで多岐に富んでいるが、基本的にブラックな印象が強い。同時期に青年誌に掲載した短篇をまとめた「空気の底」とならんで、手塚の暗黒面を象徴する作品、といえるかもしれない。

 アメリカの黒人問題やら沖縄の環境破壊などを扱った社会性の強い作品も多い。時代の要請というべきか。

 さすがに出来はばらばらで、なんだか落ちがよくわからない作品も多いのだが、どこからか聞こえる鈴の音が、3人人間の心の闇を照らし出す「鈴が鳴った」あたりは傑作だと思う。シニカルな結末が強く心にのこる。