ひとがた流し

ひとがた流し

「――職場にも、知り合いは大勢いる。《わたしが生きてた方がいいですか?》ってアンケート取ったら、多分、ほとんどの人が、イエスと答えてくれる。――でも、そういうこととは違うんだ。胸の内から湧き出る、本当の、ぎりぎりの心情をこめて《生きていて》と願ってくれる人なんて、誰もいるわけない――と思ってた」

 北村薫の新作。

 もしジャンルを問われたなら、「難病もの」とこたえることになるだろうか。四十代にして病を得たひとりの女性のその後を淡々と描いている。

 端正で説得力あふれる文章は、まさに北村薫ならではのもの。また、複数の人物の視点から静かに綴られていく物語には、しみじみと染み入るような情感が満ちている。

 主人公の苦しみには深入りせず、むしろ横から彼女の肖像を描き上げていくように語っているので、一歩間違えばたんなるきれいごとに堕してしまうところだが、北村の指はたんなる「泣かせ」の域をこえて、人間の真実にとどいているように思う。

 もっとも、この作品をAmazonで調べてみると、紹介文には、「「涙」なしには読み終えることのできない北村薫の代表作」と記されている。この言葉を真に受けると、ただ「泣かせ」の芸を楽しむような作品に思えるかもしれない。

 しかし、そもそも「泣けるか、泣けないか」という基準で小説を測ることじたい、相当におかしな話だ。ただ泣きたいだけなら薬局へでも行けばいい。最近はいい目薬があるそうだから。

 小説のよしあしは、そういう二元論で語れるものではないだろう。そもそも、ぼくは小説を読んで泣いたことなどないから、その基準で測るなら、すべての作品が失格というとことになる。そんなばかな。

 ぼくなりの言葉であらわすならば、これはひととひととの関わりの哀しみを、きわめて丁寧に織り上げた物語である。その色はかぎりなく深く、そしてやさしく澄んでいる。