乱れからくり (角川文庫)

乱れからくり (角川文庫)

「死刑になれば、死にますよ」
「ならなくっても、死ぬでしょう。同じことね。人を殺しても、殺さなくても」

 希少性の話をしよう。

 いま、年に何千冊もの小説が上梓されている。その大半は、他愛もない凡作だ。ただ読み捨てられて消えていくだけのごく凡庸な作品ばかり。

 しかし、年に何作か、奇跡のように、傑作と称される作品が生み出される。だが、そのほとんどは、同時代人の目には耐えても、歳月の審判にまでは耐え得ず、難破船さながら、時の波濤の底に消えていく。

 そして、ごく稀に、その時代において傑作と仰がれ、さらに長い長い時の審判にすら耐え抜いて、四半世紀、半世紀、と生きのびていく作品がある。

 それこそ、真の名作と呼ぶにあたいする小説である。その数は余りに少なく、それ故に宝石の価値をそなえている。泡坂妻夫の「乱れからくり」は、そんな珠玉の名作のひとつだといっていいだろう。

 少し変わったタイトルを付けられたこの小説が世に出たのは1977年。巨匠中井英夫の絶賛を受けて上梓されるや否や、多くの識者から本格推理史上の名作と目されることになった。

 たとえば、探偵小説研究会編の「本格ミステリ・ベスト100」を見ると、みごと第11位に入っている。

 加えて第6位にはデビュー作を含む短編集「亜愛一郎の狼狽」が、第21位には長篇「11枚のとらんぷ」がランクインしていることからも、いかに泡坂作品が高く評価されているかわかるだろう。

 また、近いところでは、西尾維新が自作解説辞書「ザレゴトディクショナル」のなかで、泡坂の異色作「しあわせの書」を絶賛していた。

 泡坂作品は決して過去の名作というだけではなく、いまなお、新本格の鬼子を感嘆させるだけの威力をそなえているのである。

 それにしても、この「乱れからくり」の仕掛けは凄まじい。大半の読者は、第一の犠牲者が、天空から飛来した隕石の直撃を受けて絶命するあたりで度肝を抜かれるに違いない。まず推理小説史上、空前絶後の荒業といっていいと思う。

 それでいて、ユーモラスな作品かというとさに非ず、全編、ハードボイルドタッチといいたいような冷徹な文章が貫かれている。この落差こそ「乱れからくり」を珠玉の名作にしているものである。

 そして、さいごまで読めば、冒頭の大仕掛けもただ奇を衒っただけのものではないわかる。

 隕石落下という、トリックではありえない大自然の奇禍が、人為による殺人計画のなかに組み込まれ、世にも奇妙な死の組曲を組み上げていくそのさまを、読者はただ呆然と見守ることだろう。

 そしてまた、物語に異様な花を添えるのが、からくり細工にかんする薀蓄の数々である。

 はるかな古の時代からきょうまで、妖しい情熱にとらわれて、ふしぎのからくりを生み出すことに命をささげた天才たち、そのひそやかな歴史が縦糸となり、殺人事件という横糸と合わさって、無二の模様を生み出していく。

 ボクサー上がりの青年と刑事崩れの女探偵は、果たして真相にたどり着くことができるのか。さいごのさいごまで逆転、また逆転が続き、読者を飽きさせない。

 繰り返そう。これこそ本格推理の名作である。ゆめゆめあざむかれることなかれ。