まだしつこく「容疑者Xの献身」問題についてかんがえています。

 正直にいえば、「容疑者Xの献身」が本格ミステリにあたるか、あたらないか、という問題は、個人的にはどうでもいい。

 しょせん恣意的に決めるしかないことだし、もともとジャンルにこだわる読み方をしているわけでもない。

 ぼくが気になるのは、なぜ二階堂さんと探偵小説研究会、あるいは推理小説批評家のあいだに、こうも埋めようのない断絶が生じてしまったのか、ということです。

 もちろん、ぼくも二階堂さんの側により多く非があるとかんがえています。しかし、それにしても、もう少し前の時点で問題を解決することはできなかったのか。

 いや、できなかったんだろうけれども、どうしてできなかったんだろう。そこが謎です。

 これにかんしては、ごく簡単に解答を示すこともできます。二階堂が愚かだからそうなったのだ、というものです。しかし、その発言には承服しかねるものも少なくないものの、二階堂黎人そのひとは、べつにばかではない。

 小説家としての業績をどう評価するかはひとに拠るでしょうが、すくなくとも、「カーの復讐」はなかなかおもしろい小説だった。作者自身が述べている通り、「ユダの窓」型トリックに新境地をひらく作品として、柄刀一の「fの魔弾」とならび称されるべき作品かもしれない。

 それだけのものを書く能力があって、なぜ、この事態を回避できなかったのか。否、回避しようとしなかったのか。

 その答えには、二階堂さんがくりかえし取り上げる「教養」というものがかかわっていると思う。ここでいう教養とは、過去の推理小説にかんする知識のことです。

 しかし、そもそも教養とはどういう性質のものなのでしょうか。このあいだも引用した故阿部謹也の本によると、一般にいうところの教養というものが、西欧で成立したのは、だいたい12世紀あたりになるらしい。

 その頃、それまでは固定的だった社会が流動化する。つまり、貴族のこどもは貴族に、農民のこどもは農民に、といった決まりごとが崩れはじめる。

 そこで、生き方の自由というものが生まれ、同時に、いかに生きるべきかという問題も生じてくる。その難問にこたえるために、古典の教養というものが重視されるようになった、ということらしいです。

 しかし、やがて、教養は、いかに生きるべきかという問題とは切り離され、いわば「教養のための教養」と化していく。そんななかである趣味的なジャンルに対して、異常に該博な教養を抱いた個人というものも、生まれてくる。ようするに、オタクですね。

 そんなわけで、ミステリオタクとかアニメオタクにとって、知識教養のたぐいは非常に重要なものだといえる。でも、本当に、教養があることっていいことばかりなの? とも思うわけで、なかなかむずかしい。

 なまじ教養があるばかりに、目の前にあるものが見えなくなる、ということだって、あるんじゃないか。どう思います? ぼくはあると思っているんですけれど。