日本沈没 1 地下の竜巻 (ビッグコミックス)

日本沈没 1 地下の竜巻 (ビッグコミックス)

日本沈没 2 日本海溝 (ビッグコミックス)

日本沈没 2 日本海溝 (ビッグコミックス)

 「日本沈没」。

 衝撃的なタイトルのこの作品の原作はいうまでもなく小松左京のベストセラーである。当時、上下巻で400万部弱を売り上げ、映画化もされた日本SF史上最大のビッグヒットだ。

 しかし、それはあくまで70年代の思想と科学と現状認識に則って生み出された作品である。これを21世紀のいま蘇らせるためには、あらたな思想と科学と現状認識に基づいたあらたな物語を生み出せる才能が必要とされる。そして白羽の矢が立ったのが名作「ダービージョッキー」の一色登希彦であった。

 「ダービージョッキー」は素晴らしい作品だった。競馬という非情の世界に材を採り、勝負とはなにか、仕事とはなにか、才能とはなにか、情熱とはなにか、とどこまでも真摯に問い詰めていくその姿勢の美しさ。

 そして荒々しい勢いにみちた絵と物語がかもし出す迫力。作中で主人公の乗る馬が「ラフカットジュエル」(荒削りの宝石)と名づけられたことはこの作品全体を象徴している。

 一色の絵は素人目に見てもラフだが、しかしそれが端正なばかりの「静止した」絵にはない独特の迫力を生み出している。それは続く「モーティヴ」ではさらに荒さを増し、孤高の境地に達しようとしているかに思えた。

 そういうわけで一色の漫画家としての才能をいまやぼくは疑わない。しかし、そうはいっても、スポーツ漫画はスポーツ漫画である。一億三千万の命とともに日本列島が沈没するという壮大なドラマを描き出すためには、またべつの種類の才能が必要とされるだろう。はたして一色にその力量があるかどうか。

 正直にいうなら、いまの段階でもぼくにはまだその判断がついていない。いままでのところ、物語は静かながら着実に大沈没の瞬間へと進んでいっているように見える。

 そして、ビル倒壊現場に出くわしながら脱出に協力しようともせず写真を撮る若者たちの姿や、主人公である小野寺自身が「こんな国は滅んでしまえばいい」と呟く場面などは、この物語が一種の現代日本人論として物語られることを予想させる。

 だが、あえていうならいまのところそれは比較的凡庸な日本人論に過ぎない。「現代の日本人は堕落してしまった」という視点は、たやすく虚構としての「美しい日本人」にたどり着くだろう。

 日本人は堕落した。少年犯罪、援助交際、猟奇事件、そして人心の頽廃! そのようなデカダンスに染まっていない古の日本人に戻るべきだ、と。その次元で終わってしまうならこの漫画はたんなる右翼的プロパガンダの域を出ないはずである。

 問題は、その「堕落した日本人」が、すべてのものが傍観者ではなく当事者として直面することを余儀なくされる空前の大災害を目前にして、どのように変わっていくか、あるいはその真の姿をさらけ出すかということである。

 21世紀のいま、小松左京の描いた70年代とは、すべてが変わってしまった。その変化をどのように作品として昇華させるか、その視点からぼくはこの漫画に注目している。