失はれる物語 (角川文庫)

失はれる物語 (角川文庫)

 乙一現代日本で最も注目される短編作家のひとりである。

 弱冠16歳にしてトリッキーな怪奇小説「夏と花火とわたしの死体」を書き下ろし、17歳のとき同作品でデビュー。

 その後、「はじめ」、「平面いぬ。」、「しあわせは子猫のかたち」、「傷」などの珠玉の短篇をつぎつぎと発表、ライトノベルの枠に収まりきらない異色の天才作家として注目を浴びることになる。

 なるのだが、実は乙一の作品が一般的な評価を受けることになるのは、じつはハードカバーで異形の推理小説「GOTH」を発表したあとのことになる。

 それまでのかれは、ライトノベルのジャンルであまりにもライトノベルらしくない作品を書きつづける無名の作家に過ぎなかった。しかし、この時代に発表された作品の品質はきわめて高く、しかもオリジナリティにみちている。

 本書「失はれる物語」はその頃、角川スニーカー文庫に収められた何本かの短篇を再編集した本の文庫版である。ハードカバー化の際に「マリアの指」が、そして今回の文庫化にあわせて「ボクの賢いパンツくん」と「ウソカノ」が新収録されている。

 個人的には羽住都の美しい挿絵が付された角川スニーカー文庫の3冊を推したいところだが、「マリアの指」と「ウソカノ」を読むためだけにでも本書を購入する価値はあるかもしれない。いや、ほんと、角川書店の商売ってアクラツですね。

 それにしても、「角川スニーカー文庫」時代の最高傑作「しあわせは子猫のかたち」と最新作「ウソカノ」を比べると、乙一も変わったものだ、と思う。

 「しあわせは子猫のかたち」はある部屋を借りることになった青年と、その部屋に住み着いた幽霊との関係をリリカルに描いた傑作である。

 ちょくせつことばを交わすことができない幽霊とのささやかなふれあいが、青年の心をやさしく癒していく、そのプロセスを繊細に描き出す腕前には、まさに天才的なものがあった。

 これに対して、「ウソカノ」はうっかり恋人がいるという嘘をついてしまった少年たちの「ウソカノ」が次第に実在の人間のようになっていく物語。

 あたまのなかにしか存在しないうその彼女=ウソカノというアイディアは、滝本竜彦の「脳内彼女」を思い出させるし、本田透の「電波男」にも一脈通じるものがある。また、架空の存在が次第に実在になっていく展開は乙一お得意のテーマである。

 しかし、この結末の前向きさはなんなのだろう。この物語の主人公は、架空の存在に支えられながらも、あくまで自分の足で現実世界へと旅立っていく。その意味で「ウソカノ」は「しあわせは子猫のかたち」の感動的な結末から、さらに一歩踏み出しているといえる。

 また「恋愛」というある意味で生々しい素材を選んだことじたい、乙一のなかでなにかが変わりつつあることを感じさせる。いったいこの作家はどこへ行き着こうとしているのか?

 コミュニケーション不全時代のバイブルにして、すべての非モテ非コミュにささげる感動の短編集。おすすめ。