メカビ Vol.01

メカビ Vol.01

 「男性は皆、オタクである」――「メカビ」のこのキャッチコピーが気になっている。

 この記事によると、「萌え」は非常に寛容な文化で、世界平和に繋がるものがあるのだとか。だからそういう意味をこめたコピーなのかもしれないが、ぼくはごく素朴に思うのである。男子は皆オタク。なるほど。じゃ、女子は?

 この雑誌の表紙には「コッチニ来イヨ、漢ハミンナ仲間ダ!」と書かれている。「漢」は「おとこ」と読むのだろう。ことさらに性差を強調する姿勢が、同誌の内容と相まって違和感をもたらす。「萌え」は世界平和に繋がるというが、それは男性だけの平和なのだろうか。

 じっさいには現在、男女の文化はむしろ接近しているんじゃないかと思う。少年漫画などでも女性読者が増えているし、既に削除されてしまったが、「萌え」ということばの使用率は女性のほうが高いという記事もあった。

 また、男性向けの少年誌や青年誌にも女性作家の作品が増え、「男性向け」と「女性向け」を越境するクリエイターは増加している。

 それでは、「メカビ」があえて男性性に拘るのはなぜなのか。そこにある種のホモソーシャル性を見て取ってしまうのは、あまりに予断が過ぎるだろうか。とにかく「漢はミンナ仲間ダ!」という断定にはどうしても胡散臭さを感じてしまう。ぼくは仲間になった憶えはない。

 岡田有花さんの記事をおもしろいと思うのは、そういう理由もある。その記事の内容が、この雑誌のなかで本田さんをはじめとする複数の識者が述べている「恋愛からの逃避としての「萌え」」という観念に批判的なものであることは興味深い。

 彼女の記事は、男性識者によるオタク賛美で埋まったこの雑誌のなかにあって、「異物」である。あえてこの「異物」を飲み込んだ「メカビ」編集者の判断は賞賛したい。オタク男性による自我自賛記事だけだったら、この雑誌は、退屈とはいわないまでも片寄ったものになっただろう。

 それだけに、本田さんと岡田さんの議論がまるで実を結ばなかったらしいことは残念だ。岡田さんの語るところによると、かれらの話し合いはどこまでも平行線を辿ったようなのだが、せっかくの機会なので、本田さんには「がっかりだ」とか「バカの壁だ」などといわず、徹底的に議論してほしかった。

 それでこそ、「メカビ」の根幹を成す本田理論の説得力も高まるものだと思うが、いかがなものだろうか。