その15


 フィクションのなかに「癒し」を求める本田さんにとって、「新世紀エヴァンゲリオン」はあくまで不完全な傑作でした。

 なにしろこの作品ときたら、いままでになくかっこいいアクションと、かわいい美少女キャラクターと、複雑かつ深遠なSF設定をもっていたにもかかわらず、そのすべてを放棄して作品世界を崩壊させてしまうのです。

 いわば「エヴァ」はオタクにとって都合の良いファンタジーであることを拒絶した作品だった。そこに「現実に帰れ」というメッセージがあったかどうかはともかく、ばら色とはとてもいえない凄惨な現実を映し出した作品だったことはたしかでしょう。

 本田さんがこの展開を激しく拒絶する理由はあきらかです。「癒し」や「救い」や「希望」をあたえられないフィクションなど、かれにとってはフィクションとしての意味を成していないのです。

 本田さんにとっての「癒し」とは、すなわち自己愛の充足です。現実世界で認めてもらえない自分を全面的に承認してもらえる揺りかごのようにやすらかな世界――どうやらそれが本田さんのもとめる理想的なフィクションの姿らしい。

 そして「癒し」をもとめる本田さんがついにたどり着いたのが、「痕」、「ONE」や「Kanon」などの美少女ゲームの世界でした。

 ぼくは以前、この手のゲームにはまりこんだ過去があるので、本田さんがそこから受けたという感動が自分のもののようによくわかります。

 じっさい、こういったゲームには、小説や漫画とはまた違うふしぎな魅力があります。そしてその内容はいまや「美少女恋愛シミュレーション」といったことばから想像されるそれとはまったく違ったものだといってもいいでしょう。

 そこにはいい歳をしたおとなをも惹きつけるふしぎな魅力がある。たとえば安藤健二封印作品の謎」では、仕事のためプレイすることになった「水夏」という美少女ゲームについてこんな感想が書かれています。

 私は『水夏』は〝死をテーマにした重厚なストーリーだ〟とは聞いており、新聞記事にもそのつもりで書いてはいた。だが、正直な話、「所詮はHシーンを目的にしたエロゲーだろう」と、やりもせずに思いこんでいた。しかし、実際にプレイしてみて非常に驚かされた。一言で言ってしまえば、非常に面白いのだ。ゲームをやっている途中で、背筋が寒くなったり、目頭が熱くなったのは何年ぶりだろう。ものすごい衝撃だった。仕事だということも忘れてのめりこんでしまった。

 ぼくにはこの記者が感じた衝撃が非常によくわかるように思います。それはぼくが何年か前に「To Heart」をはじめて体験したときに感じた感触とおそらくおなじものだろうと思うからです。

 よくも悪くも現代の美少女ゲームは純粋なポルノグラフィとは違う次元に到達している。そしてその魅力は本田さんの心を鷲づかみにしたのです。