その2


 もう本が発売してずいぶん経つというのに、本田さんの理論はまだまだ注目を集めているらしい。上記のエントリをアップしてから半日も経たないうちにいくつか反応があった。この調子だと、もっと真面目に考えて書いたらよりホットな反応が返ってくるかな。楽しみです。

 この件についてはこれから話がすすむにつれ、異論反論も含めてさまざまな意見が出てくることが予想されますが、できればコメント欄でもトラックバックでもはてなブックマークでもいいので、ぼくに見えるところに書き込んでくれると嬉しいです。たのむ。

 ちなみにぼくはいま付箋を貼りつけながら「電波男」と「萌える男」を読みかえしているところです(「電波大戦」は省いてもいいっしょ)。

 でも、本田さんの理論をマジに検討するためには、やっぱり「負け犬の遠吠え」も読まないといけないんだろうなあ。まあ、さいわいぼくもオタクなので、本田さんが引用しているサブカル作品はほとんど体験済みなんですが。

 本を読み終わったらネット上の「しろはた」にも目を通すつもりですが、さて、いつになったら読み終わることやら……。あらかじめ謝っておきますが、途中で挫折したらごめんなさい。まあ、お金もらっているわけでもないので赦してください。

 ブログで連載やるのはきついということはいままでの失敗体験で懲りているはずなのに、どういうわけか始めちゃうんですよね。

 最初に明言しておきますが、ぼくは今後アップするだろう記事で「電波男」や「萌える男」を批判したいわけではありません。

 いやまあ、ツッコミどころ満載の本なのでどうしても批判的な論調になってしまうかと思われますが――しかしそれそのものが目的なのではない。

 ぼくが期待しているのは、本田透の思想を批判的に眺めていくことによって、なにかしら有益な実りが得られるんじゃないかということです。

 はっきりいって本田さんほどの文才はないので、退屈な内容になるかもしれません(本田透にどんな欠点があるにしろ、とにかくこの文章力はたいしたものですよね。さすが小説家)。

 しかし、ぼくにはやっぱり本田さんのやりかたは正しくないんじゃないかと思えるし、なぜ自分がそう思うのか知りたいとも思う。そこで、書きながら考えてみようという例によって場当たり的なことを思いついたわけです。これで何度も苦労しているのにね。まあいいけど。

 それから、これも誓約しておきますが、この論考(というほどのものになればいいけど)は、「非モテ」のひとに向かって「いいからもっと努力しろ!」といって終わるような内容にはしないことを誓います。

 いや、ぼくだって立派な非モテの萌えオタですからね。とてもそんなこといえる柄じゃありません。それに、やっぱりそういう個人にすべての責任をかぶせるような言い草はよくないと思うんだよね。

 というわけで、「電波男」に戻ります。が、がお。