「DEATH NOTE」がこの(たぶん)終盤に来て(たぶん)最後の盛り上がりを見せている。

 激しく策略を巡らしあう夜神月とニア。はてして最後に上を行くのはどちらなのか? って、これはもう決まりかなあ。ここからの逆転がありえるとは考えがたい。

 でも、「DEATH NOTE」のことだからなにが起こるかはわからない。このまま終わってしまったら拍子抜けだし、さらなる壮絶な逆転劇が待ち受けていると信じたいところだ。とにかくこの作品だけはさきが読めない。

 さて、ここ最近の日記では、エンターテインメントには「導線」が大切だという話を書いてきた。その導線の片方の端にあたるのが物語の「出口」、つまり結末というものである。

 そして結末を読者が納得がいくものにするためには、伝統的にいくつかの方法が考えられる。そのひとつが勧善懲悪であり、もうひとつが因果応報だ。悪はほろび、悪行には報いがある、そうなって初めて読者は安心して現実世界に戻れるわけだ。

 もちろんこれも現実世界とはまったく無縁の法則である。現実には悪が高笑いして終わることもありえるわけだが、フィクションではそれはひとつのご法度である。あえてその禁を犯した作品は、なかなか多数の読者を得ることができない。

 「DEATH NOTE」のおもしろさの一端は、「週刊少年ジャンプ」という最も広い読者層に受け入れられなければならない現場で、このふたつの法則を打ち破り、しかも圧倒的な人気を博してきたところにある。

 「努力・友情・勝利」などといううそ臭い標語を掲げるような雑誌で、百万人単位の読者をあいてに、殺人鬼の物語を紡いできたという事実は、やはりひとつの快挙といえるのではないだろうか。

 しかし、主人公夜神月の悪の魅力は、名探偵Lの殺害に成功したあたりで頂点に達し、そのあとは衰えてきているようにも思える。

 いまの月は、はじめの頃の純真といってもいいような性格が薄らいできている。自分の正義を信じぬく少年っぽさが抜けて、たんなる悪役に堕しているように思えてならないのだ。

 しかし、ここに来てなお、結末がどうなるかはまだ見えない。ただ一冊のノートを武器に神をめざした天才青年も、最後には因果応報の法則の前に敗れ去るのだろうか。そうだとしたら多少残念なところだ。

 とはいえ、あれほど悪行を重ねた月があっさりと勝利して終わるということもやはり納得がいかない。作者はいったいどうやってこの物語を終わらせるつもりなのだろう。

 「DEATH NOTE」が名作として語り継がれるか、それとも惜しくもその域にはとどかなかった秀作という次元にとどまるか、それは一に結末にかかっている。

 いったいどんな終幕がこの物語を待ち受けているのだろう。予想を越える意外な展開を期待したい。うーん、でも、もう逆転はむりかなあ。方法を思いつかないよ。