おおきく振りかぶって(6) (アフタヌーンKC)

おおきく振りかぶって(6) (アフタヌーンKC)

 「おお振り」待望の第六巻。この巻も素晴らしかった。一冊読み終わって、つぎの一冊が手もとにないことが悔しいように思える漫画は貴重だろう。

 いつまでもこの世界に浸っていたい、読みすすめたいけれど読み終えたくない、「おお振り」にはそう思わせる魅力がつまっている。

 それにしても、いったいなににこれほど惹きつけられるのだろう。ぼくにはうまくこの作品の魅力を説明することができそうにない。

 ひぐちアサという作家は、決して絵が巧いタイプではない。この作品も漫画としての表現力という意味では、それほど傑出しているとはいいがたい。それにもかかわらず、この漫画はおもしろい。

 迫力ある攻防、息詰まるかけひき、試合がすすむにつれ高まっていく緊張感、そしてそういったことばではあらわしきれない何かがたしかにある。

 なんだろう、この感覚。投げ打ち守る少年たちの一挙一動が、狂おしく胸をかき乱す。なんなのだろう、この感覚は。せつないような、懐かしいような――ひとことではいえないふしぎな感覚だ。

 いままでいろいろな野球漫画を読んできた。しかし、こんな感覚を憶えたのは初めてだ。それをうまくことばにできないことが悔しいが、ひとついえるのは、この作品のなかの少年たちは、だれもがあまりに一生懸命だということだ。

 勝利のために努力する、練習量を増やす、それはいままでの野球漫画でもえがかれてきた。しかし、この漫画では勝利のために徹底的に考え抜くさまがえがかれている。

 勝利のためにあいての心理を読み、作戦を洞察し、うらをかく――その真剣さは熱い。もちろん、野球の戦術的側面に着目した作品がほかにないわけではない。

 少年誌に目をむければ、「ショー・バン」や「おれはキャプテン」もあるし、やや変則的な作品だが、「ONE OUTS」だってある。いまとなっては、野球を複雑な知的ゲームとして捉える見方はそれほどめずらしいものではないだろう。

 しかし、この漫画では、選手たちがつぎの最善手をかんがえる必死さが、単純に心理戦のおもしろさという次元を超えた感動を生んでいるように思う。

 勝つために最善を尽くすということの、その神聖な貴さ。それがいっそう胸に迫るのは、主人公となっているのが特別才能があるわけでもない「普通」の少年たちだからではないか。

 ふだんはあたりまえの日常生活を送っている「普通」の高校生が、偶然に出逢い、集い、やがてチームメイトになっていくになっていくそのプロセスは、感動にみちている。

 これが非凡な天才の物語であったなら、ぼくたちはじぶんとは別世界の物語だと切り捨てることができただろう。しかし、「普通」のこどもたちの物語である以上、だれもじぶんとは無縁の世界のことだとはいいきれない。

 この作品がほかの野球漫画以上に胸を騒がせるのは、そこらへんにも秘密があるのかもしれない。いまから第七巻が待ち遠しい。高校野球漫画久びさの傑作である。