「HUNTER×HUNTER論②」

マンガコラムニストの夏目房ノ介さんは、この強さがどんどん上昇していく、、、、つまり、より強い敵を倒すには、主人公が際限なく強くなり続けなければならないのですが、そのことが、梧空の筋肉の「膨れ具合」に現れていると、主張しました。


もともと、丸っこい円に近い造形を好む(もともと鳥山明モデラーとしても優れているようで三次元立体の視点で絵を描くの好む)こともあり、丸っこい感覚のキャラクターが多かったのですが、ことサイヤ人スーパーサイヤ人として描かれる梧空は、筋肉が膨れあがり角張った造形をするようにドンドン描かれていきます。しかし、この膨張には、当然限界があり、それが行き着くところまで行くと・・・・もう際限がないのですね。筋肉ばかり膨れ上がらせても仕方がないですから。

 そう、むかしの「少年ジャンプ」は超人のように筋肉をふくれ上がらせたキャラクターが少なくなかった。

 タイトルからしてそのままの「キン肉マン」をはじめ、「魁!!男塾」でも「ジョジョの奇妙な冒険」でも主要人物はみごとな筋肉のもち主だった(ただし、「ジョジョ」では初期の頃みられた筋肉表現は物語がすすむにつれ次第に鳴りをひそめていく)。

 たぶん、筋肉の膨張によるつよさの表現の極北は、「幽遊白書」の戸愚呂弟だろう。「ドラゴンボール」でもさいごあたりはかなりグロテスクな筋肉表現に陥っていたが(スーパーサイヤ人2とか3とか、もうなにがなにやら)、「幽白」における戸愚呂の筋肉はあきらかにそれを上回る。

 人体の限界をはるかに越えて膨張したその筋肉は、ほとんど使い道があるとも思えないほどだ。あの筋肉を描いてしまったとき、きっと作者も「この方向性でこれ以上の描写をするのはむりだ」と思ったことだろう。

 そう考えると、その後登場する悪役の仙水忍がマッチョとは正反対のきゃしゃな美青年だったことはむしろ当然のことといえる。

 そしてそれは現在の「ジャンプ」の方向性とつながっている。いまの「ジャンプ」にはふくれ上がった筋肉を武器にするキャラクターはほとんど出てこない(「アイシールド21」にちょこちょこ出てくるくらいだろうか)。

 主人公も悪役も、かつての仙水を彷彿とさせるようなきゃしゃな少年がほとんどだ。

 このことはしばしば「女性読者に媚びている」として非難されるが、そう単純な問題ではない。いまの「ジャンプ」ではむかしのようなマッチョイズムは成立しないということに過ぎない。ひたすらな筋肉膨張路線は終わったのである。

 その代わり、より短時間でより的確な選択を成し遂げる瞬間的な判断力が重視されることになった。「DEATH NOTE」はその極北といえるだろう。そういえば、腐敗した世相を憎むあまりテロリズムに走った美青年という意味で、仙水忍と夜神月はよく似ている。

 ある意味で、月は仙水の後継者といえるかもしれない。