デカルトの密室

デカルトの密室

 読了。

 傑作だ。傑作だと思う。終盤の議論をいまひとつ理解しきれた気がしないので、断定するのははばかられるが、内容は充実、ハードカバー467ページを飽きさせない。

 タイトルだけ見ると本格推理かと思わせるが、その実、物理的な密室は問題視されず、登場人物たちはあくまで自我という密室からの脱出方法だけを考えつづける。

 こう書くといかにも難解そうだが、リーダビリティはきわめて高く、作家としてキャリアを積んだ作者の余裕を感じさせる。

 そしてそのテーマは瀬名秀明が一貫して書きつづけている物語賛歌である。その意味で『八月の博物館』とはうらおもての関係にあるのではないか。

 そのため、この作品では、ほかの多くの物語が引用されている。すべては「2001年宇宙の旅」から始まるし、結末はクイーンのある長編を連想させずにはおかない。そしてこの小説の中で最も重要な役割を果たすのは「指輪物語」だ。

 あの長大な物語で最も魅力的な人物であるサムのことばを借りて、瀬名は、たからかに物語の力を謳いあげる。

 ネットを周遊してみると、この作品については実に賛否両論わかれる意見が寄せられていることがわかる。おそらくそれは「小説」にかんする立場の違いからくるものだろう。

 「八月の博物館」のような波乱万丈はここにはない。ただ科学と哲学にかんする議論が分厚く積み上げられていくばかりだ。それを「小説」とはいえないと考える読者もいるだろう。

 しかし結末ではそのスタイルそのものがテーマと直結して深い感動を呼ぶ。うん、やはり傑作だと思う。瀬名秀明の新境地を指し示す作品だ。



 付記) 新潮社のサイトの『デカルトの密室』特別講義は作者による自作解説として必読の内容。これを読むと作品の理解がだいぶ進みます。