読了。

 正気のまま精神病院に監禁されるということは、現代人にとって最もポピュラーな悪夢のひとつだろう。

 ある日、突然、見ず知らずの男たちがおとずれて、あなたを暗い一室に閉じこめる。当然、あなたは抗議する。しかし、なにをいっても狂人のたわ言としか受け取られない。へたに抵抗すればくさりでベッドに括り付けられ、あるいは鎮静剤を注射される。

 あなたはいつのまにか冷酷な看守の機嫌を伺いながら生活することを学ぶ。そして夢うつつに考える。はたしておれは本当に正気なのか、とっくに狂ってしまっているのではないか……。

 フレドリック・ブラウンの「さあ、気ちがいになりなさい」は、そんな古典的な悪夢をふたひねりほどした切れ味鋭い短編だ。

 物語はある記憶喪失の男が精神病院に潜入取材するところから始まる。編集長がいうには、自分をナポレオンだと思い込んでいる患者に化けて数ヶ月ほど入院してほしい、と。

 しかしかれにはだれにもいえない秘密があった。じつは記憶喪失というのはまっかな嘘、かれは意識だけがタイムスリップした本物のナポレオンなのだ! 正直にすべてを話した男は当然のように監禁されることになるのだが――。シニカルなオチが楽しい。

 フレドリック・ブラウンの小説には、一般的な意味でのリアリティはない。どれもこれも「こんなこと、あるはずないだろ」というようなお話なのである。しかし、だからこそ、かれの作品はある種の普遍性を獲得している。

 たとえば巻頭作「みどりの星へ」をSFとしてみれば、これは古い。しかし寓話として読むとき、いまなお読むにあたいする作品といえる。

 地表のどこにもみどりという色が存在しない惑星で、はるかな地球を想い旅をつづける男というイメージの鮮烈さ。オチの叙情性。まさにおとなによるおとなのための法螺話ですね。

 問題があるとすれば、この「異色作家短編集」シリーズが非常に高価だということ。500円の文庫なら買って損はしないと思う。しかし2000円のハードカバーとなると……。

 収録作のなかでも、たとえば「おそるべき坊や」あたりはまったく他愛ないお話で、現代の読者が読んで感心するとも思えない。この本に2000円も出すのはちょっと浪費という気がしなくもないなあ。

 まあ、スタージョン「一角獣・多角獣」の古書が1冊20000円もすることを思えば、どうということはない出費とはいえるだろうけれど。

 しかし坂田靖子による解説はネタをばらしすぎなのではないでしょうか。ブラウンが「読者の予想を裏切るひねりのテクニックに命を賭け」ていることがわかっているならば、そのオチを書いてしまうのはまずいと考えそうなものだけど。

 この本の収録作はまだしも、ブラウンの代表作をかたっぱしからネタバレしないでも良いだろうに。「星ねずみ」と「スポンサーから一言」は既読だからいいけど、「ミミズ天使」は未読なんだぞ! やれやれだぜ。