魔軍襲来 ―アルスラーン戦記(11) (カッパ・ノベルス)

魔軍襲来 ―アルスラーン戦記(11) (カッパ・ノベルス)

 読了。

 はじまりはアトロパテネ。西方からの侵略者ルシタニア軍を迎え撃ったパルス軍は、味方の裏切りに遭い壊滅する。国王は虜囚の身となり、王都は陥落。希望は生きのこった王子に託された。王太子アルスラーン、ときに14歳――。

 田中芳樹の代表作「アルスラーン戦記」は、この流浪の王子の成長と葛藤を国家の興亡に絡めて綴った長編小説である。はじめ黒衣の騎士ダリューンとただ二騎で戦場を逃げ出したアルスラーンは、物語がすすむにつれて、さまざまな仲間を手に入れていく。

 そして遂にアルスラーンが王都を奪還し、国王の座に就くのが第7巻「王都奪還」。ここまでで第1部で、第2部では「解放王」と呼ばれるまでに成長したアルスラーンと、旗下の「十六翼将」たちの物語が語られていく――はずだった。

 ところが、これが進まない。1巻出るのに6,7年もかかるありさまで、いまこうして第11巻を読めたことが奇蹟のような気がする。しかし、待ちに待った第11巻「魔軍襲来」は、待っただけの甲斐のある作品である。

 物語はパルスをはるかに離れた西方マルヤム王国から始まる。ある人物の退場と、べつのある人物の再登場。ようやく再会した世界の雰囲気を味わうまもなく、めまぐるしく状況は変化していく。

 こうした複雑な情勢を緻密にコントロールして緊迫した展開を生み出すことにかけて、田中芳樹の力量は、やはり尋常ではない。はるかに離れた複数の地点で起こる事件が複雑に絡み合い、登場人物たちの想像と予測の外で、ひとつの物語を紡いでいくさまは、魔術的ですらある。

 このひとの小説は、登場人物の数が多ければ多いほどおもしろくなるみたいだなあ。ようするに田中芳樹は大長編小説向きの才能と技量をそなえた作家なのだ。惜しむらくは、執筆速度だけが全然向いていないんだけど。

 この巻からあらたに登場する人物も何人かいるが、ひときわ印象的なのは、アルスラーンの宿敵ヒルメスと運命的な邂逅を遂げるフィトナだろう。客将としてミスル王国に滞在しながら、ミスルの玉座を簒奪する日を狙うヒルメスに近づいてくるなぞの美女。

 ただの美女なら既に何人か登場してきているが、このキャラクターは異常に聡明で、冷静で、ヒルメスと対等の駆け引きをくりひろげる。

 自分の美貌をじゅうぶんに自覚し、それを利用することを考える。ちょっといままでにないタイプだ。この人物が物語にどのような彩りを加えることになるのか、さきの展開が楽しみである。

 次巻はいよいよ「蛇王再臨」。英雄王カイ・ホスローによって地中深く封じられた邪悪の蛇王ザッハークが復活する。そのための伏線はいくつもしかれているが、物語はあくまでも人間同士の陰謀と戦争の物語だったこれまでとは異なる次元へ進んでいくことになるだろう。

 まあ、それもまた6,7年後の話にならないともかぎらないんだけど……。

以下ネタバレ。
 いやあ、冒頭でいきなりボダンが殺されてしまう展開にはちょっと驚きましたね。決戦後のギスカールとボダンの覇権争いは省略して、いきなりボダン殺害の場面へもっていってしまうあたり、やっぱり巧いよなあ。

 また、ボダンを圧倒するギスカールの迫力が印象的です。「二度地獄に落ちた」というのは、第二次アトロパテネ会戦で敗北し全ルシタニア軍を失ったときが一度、そのあとボダンに幽閉されたときがもう一度、ですね。

 ヒルメスもそうだけれど、何度地獄へたたき落とされてもそのたびに復活してくるあたり、やはり只者ではありません。すぐ挫ける僕などから見ると偉人に見えますね。

 そのあとの41ページで、「後世、ギスカールの開いた王朝が「ケファルニス朝」と呼ばれる所以である。」とさりげなく書かれているところを見ると、生存フラグが立ったと見ていいのかな。少なくとも後継者ができるまでは死なないはず。

 そしてわれらがアイドル、エステルたん待望の再登場。ああ、この日がくるのを待っていたよ! でもちょっと大人になってしまっていてお兄さんは寂しい。

 続いて白鬼ことドン・リカルドとオラベリアが再会し、エステルはドン・リカルドおよびパリザードとともにパルスへ向かうことになります。ここらへんの流れは美しいなあ。田中芳樹の構成力がさりげなくひかる一場面ですね。

 第2章では、ファランギースアルフリードギーヴへと視点が移ります。アルフリードはそうとう強くなっている模様。でもファランギースとかギーヴあたりと比べるとまだまだか。

 第5巻でちょこっと活躍したパラザータが再登場しているのが田中芳樹らしいな。「銀英伝」でも見られた端役のリサイクル利用。一見無意味なようにも思えますが、こうすることで「端役にも人生がある」ことがわかり、物語世界に厚みが出るのです。

 いずこかへ逃げだしたレイラは蛇王の血を飲まされる予定になっているようですが、さて、そううまくいくか。たぶん次巻以降でまただれかと絡むのでしょう。

 第3章に入ると今度はジムサによるイルテリシュ・ゾンビ目撃のエピソード。無愛想な男に子供を懐かせるあたり、意外性でキャラを立てる田中芳樹メソッドの本領発揮です。たぶんこの子は次巻以降でも絡んでくるだろうな。

 で、第4章。これがおもしろかった。作品の構成上、ヒルメスの「国盗り」に長い時間をかけるわけにはいかないわけで、どうするんだろうと思っていたんだけれど、新キャラ、「孔雀姫」ことファトナの登場で物語は予想外の展開にすすみます。

 ファトナがヒルメスを見初めるまでの経緯はご都合主義といえばそうなんだけれど、こうでなくちゃドラマティックな展開はありえない。男がふと上を見上げると、なぞめいた美女がかれの胸に飛び降りてくる――現実にはありえないからこそ、「絵」としては印象ぶかい。

 みずからヒルメスを選び、あくまでも対等のあいてとして「国盗り」をけしかけるファトナは、なかなかに魅力的な人物です。ヒルメスも苦難の連続のなかでだいぶ成長したようで、渋みをましてなかなかかっこいい。

 ちょっとロイエンタール的なかっこよさなのですが、それって死亡フラグが立ったということか。この危険なカップルがミスル国をどう騒乱に導くのか、そしてそれはどうパルスに波及するのか、注目です。

 ちなみに僕はタハミーネの娘はアルフリードだろうとめぼしをつけているのですが(いくつか伏線らしい描写がある)、どうなることやら。

 第5章に入ると、いよいよ「人」と「魔」のたたかいが始まります。またまためちゃくちゃ良いところで終わっているなあ。少なくとも3年以内には次の巻を読みたいんだけれど、そううまくいくかなあ。まあ、モンテ・クリスト伯もいっていたからな。「待て。そして希望せよ!」って。