魔軍襲来 ―アルスラーン戦記(11) (カッパ・ノベルス)

魔軍襲来 ―アルスラーン戦記(11) (カッパ・ノベルス)

 あと4日。

 「アルスラーン戦記」を読みはじめたのは小学6年生のことだから、それ以来15年が経っていることになる。――長いなあ。小中学生の頃は繰り返しくりかえし読んでいたので、その物語はいまでは僕の血になって血管を流れているはずである。

 田中芳樹のキャラクターメイキングの能力は、現代の大衆作家のなかでも傑出したものがあると思う。たとえば「旅の楽師」を名乗るギーヴ。かれの登場は鮮烈である。

 アトロパテネの会戦でパルス軍が敗北し、侵略者ルシタニア軍が王都エクバターナの門扉にまで迫る。名将シャプールは敵軍に捉えられ、エクバターナの民衆の前で嬲られる。城内に向け「自分を殺してくれ」と訴えるシャプール。

 しかし距離が遠すぎ、矢はかれのところまでとどかない。そのとき、城内から放たれた一本の矢がシャプールに突き刺さり、かれを永遠に解放する。その矢を放った射手は、パルスの兵士ではなく、正体不明の美貌の青年だった――。

 この場面をはじめて読んだときの興奮は忘れられない。それは僕が、物語のなかで、非現実的どころか、反現実的なまでに演出された場面を目にした最初の瞬間だったのだ。

 さて、小学生の頃はただ「かっこいいなあ」と思うだけだったが、いまになってみると、この流浪の楽師ギーヴも、いくつかの作劇上の目的があって生み出されたキャラクターであることに気付く。主だったところでは、

 1.アルスラーンの配下にパルス軍以外の人間を配し、バラエティをもたせること。
2.パルス軍を離れて自由に行動できるキャラクターを確保すること。
3.王家への忠誠心に薄いギーヴアルスラーンに惹かれていく過程をえがくことで、アルスラーンのカリスマを演出すること。

 というあたりだろうか。ギーヴアルスラーン旗下のトリックスターであり、不確定要素なのである。かれひとりがいるといないとでは、物語そのものがまったく別のものになるはずだ。ちなみにこの作品が映画化されたとき、ギーヴの声優を務めたのが矢尾一樹で、まあなんというか、適役だった。

 あしたへ続く。