海を失った男 (晶文社ミステリ)

海を失った男 (晶文社ミステリ)

 読了。

 感動の余り、すぐにはことばも出ない。「輝く断片」とあわせて、間違いなく今年のベスト。僕の感性のストライクゾーンど真ん中。これが半世紀前の作家と作品だというのだから――もう、これからは過去を向いて暮らそう。さようなら、現代SF。僕は昨日だけを見据えて生きていくよ。

 それにしてもユニークな作家だ。あるひとはかれを「「愛」と「孤独」の作家」と呼び、またあるひとは「米文学史上最高の短編作家」とたたえた。その作品はときに「魔術的」と称され、またあるときは「キャヴィアの味」とよばれた。

 わかったようなわからないような評価だが、たぶん、かれはあまりにもユニーク過ぎたのだ。SFを書いても、ミステリを書いても、スタージョンの特異すぎる個性はその枠から飛び出してしまう。そもそも「ビアンカの手」のような小説を、どのジャンルに容れれば良いというのか?

 そのオリジナリティが災いしたのか、スタージョンの小説は、たとえばブラッドベリ詩篇のように幅広く支持されることはなかった。その規格外の天才は、いまになってようやく再評価されはじめている。

 そのせいでもないだろうが、かれが綴るのは主に富や美貌にめぐまれない人びとの物語である。聴くものもいない不遇の人びとのつぶやきが、どういうわけかかれの耳にだけはとどくらしいのだ。僕がスタージョンを好きでならないのはひとつにはそのためだ。すべての心弱いもののために、スタージョンはいてくれたのだと思う。

 以下、個別解題。ネタバレなし。愛のあまり長くなったので、読みたい人だけ読んでください。



・「ミュージック」


 実質わずか2ページ、「かみそりのように鋭い」という形容がよく似合うショートショート。うっかり読み過ごしてしまうと何がなにやらさっぱりわからなくなるけれど、これはつまり結末近くの「複数形」だけで描かれざる情景を想像するべき作品なんですね。

 もっと野暮をいうなら、9ページ18行目から19行目までのあいだに「存在しない描写」を幻視できるかどうかが、この作品を楽しむためのの分水嶺だといえる。まあ、それほど大袈裟な作品じゃないけど。へヴィーなアルバムの軽妙なイントロです。


・「ビアンカの手」


 この話もたった13ページ。しかし、さすがにこれを「軽い」と形容することはためらわれるな。白痴の娘の美しい手に恋した男の、愛の「成就」の物語だけれど、全編エロスとタナトスにみちて、あまりにも美しい。

 奇跡のように美しい手を、まるで独立した意思と命をもって生命体のようにえがきだすスタージョンの超絶技巧に酔いしれる。「手に恋する」というテーマだと、乙一の「リストカット事件」を思い出すけれど、こっちのほうが異常。世の中、上には上がいます。


・「成熟」


 これはわかりやすいですね。天才的才能と幼児のような稚気をあわせもつ青年が、医学的措置により精神的/肉体的に成熟しはじめる。その成熟は天才の域を越え、人類の限界を越え、はてしなく続いていくのだが――あらすじだけ書くとわりと普通のSF。

 スタージョンはこの作品の主人公ロビンの名前を自分の子供につけたそうですが、それも納得できるくらいこのキャラクターは魅力的。まあ、「ハチミツとクローバー」の森田みたいなものですか。実在の人物だと、ポール・エルデシュとか。

 分類的に超人テーマになるんでしょうが、スタージョンという作家を知っていると、これもまた異端者の物語に見えてきます。「輝く断片」や「マエストロを殺せ」の主人公がマイナスの異端ならこちらはプラスの異端。そういうことじゃないでしょうか。


・「シジジイじゃない」


 この「シジジイ」というなぞめいた言葉は、スタージョン全作品をつらぬくキーとなるものらしい(意味は読んでみればわかる)。一応、超能力SFの系譜に属するのだろうけれど、なんとも語りようのない読後感が残る作品です。

 スタージョンの崇拝者にしてスタージョン以上のカルト作家であるサミュエル・R・ディレイニーが、このことばを中心にスタージョンを読み解く論文を書いているらしいんだけど、読んでみたいなあ。だれか訳してくれないものでしょうか。


・「三の法則」


 この本の収録作品のなかで、最もSF度が高いのはこの小説かもしれません。異星人(?)が地球を訪れるところから始まって、凶暴な地球人の性質を変えようとするかれらの奮闘が綴られていきます。しかし、はっきりいってSF設定そのものは陳腐だと思う。

 シオドア・スタージョンはきわめて独創的な作家だった。これは間違いない。ところが、なぜかかれの用いるSF的ガジェットはちっとも独創的じゃないんですね。スタージョンのSF界での評価が微妙な水準にとどまったのも、そこらへんに理由がありそう。

 しかしまあ、そういった無骨な部分を除いて見てみると、ようするに一対一の恋愛構造をSF的に解体しようとする作品ですね。おたがいのひとみを見つめあって閉じるような「愛」を、もっと広い領域へ開放しようとしているといえばいいか。

 スタージョンという作家は、ふかく愛を求めながらも、同時にこの世界の愛のありかたに絶望していたのではないでしょうか。だからこそ、愛の「べつの可能性」を求めた――と、これは一読者の勝手な妄想。

 ちなみに、SFの世界ではじめて同性愛を扱ったのはスタージョンだといわれています。バイセクシュアルであることを公言するディレイニーが、スタージョンを崇拝するのはそこらへんにも理由があるのかもしれません。


・「そして私のおそれはつのる」


 100ページ弱の比較的長い話だけれど、会話が多くて読みやすい。スタージョンの全作品のなかでも最も平明な言葉で書かれているらしい。逆にいえば、ほかのものがいかにいりくんだ英語で書かれているかということでしょうか。

 内容については、どう説明したらいいものか……。不良少年がある老婆に出会い、彼女がもつ〈力〉の修行を受ける――こう書くと普通だな。スタージョンお得意の、愛にかんする甘く、せつなく美しい物語。ここでも社会的落伍者が魅力的に描かれている。


・「墓読み」


 いままでに読んだスタージョンのなかから、いちばん好きな作品をひとつ選べといわれたらこれになると思います。まさに珠玉の感動作。ホラーっぽいタイトルに騙されてはいけない。これがほんとにいい話なんだ。

 原題は“The Graveyard Reader”で、これはこの作品が収録されたアンソロジーのタイトルからそのままもってきたもの。本来は「墓場読本」という程度の意味らしいんだけど、それをこの作家は「墓を読む男」の意味にしてしまう。凄いというかなんというか。

「墓を読む」なんて考えただけでもばかばかしいけれど、そこらへんの飛躍をスタージョンは超絶文章力で納得させてしまう。いや絶対おかしいんだけれど、読み終わるころにはあたたかな感動で胸がいっぱいになっています。

 本作を、あまったるい理想主義の結露に過ぎないと思われる方もいるかもしれません。じっさい、この作品は「ミュージック」の非情さと対照的なほどセンチメンタルで、あまりにも性善説的すぎる気もします。

そしてなによりも、ほとんどの人間の残酷さはその人格を代表するものではなく、その愚かしさは許されてしかるべきものであることを――一言でいえば、彼ら死者たちがいかにりっぱな人物であるかを――学んだ。

 それでも僕はこの作品が大好きです。スタージョンは甘すぎるかもしれない。しかし、その甘さは、僕にはとても好ましい甘さに思えるのです。


・「海を失った男」


 私見では、この作品が本書収録作中の最高傑作だと思う。書き出しの一節の美しさときたら!

 きみが少年だとしよう。きみは暗い夜に、ヘリコプターを手にしてひんやりした砂浜を走りながら、ウィチイウィチイウィチイと早口で言っている。病んだ男のそばを通り過ぎると、その男は目ざわりだあっちへ行けと言う。たぶんもうおもちゃで遊ぶ年頃じゃないと思っているのだろう。そこできみは砂浜で男のそばにしゃがみこみ、これはおもちゃじゃないよ、模型なんだと言ってやる。ほら、ヘリコプターがこうなってるって、たいていの人は知らないんだ。きみは回転翼を指でつまんで、それが軸受けでどう動くか見せようと、ちょっと上下させたり、ちょっとひねったりして、回転を変える。この柔軟性がいかにジャイロスコープ効果を殺ぐか、話し出そうとしても、男は聞いてくれない。男は飛行のことも、ヘリコプターのことも、そしてきみのことも考えたくない。とりわけ、誰からも、何についても、説明なんか聞きたくない。いまは。男がいま考えたいのは、海のことだ。そこできみは離れていく。

 ここを読んだだけでもわかると思うけれど、世にもめずらしい二人称小説。ところがこの語り口は物語が――いや、物語といえるような物語なんてないんだけれど――進むほどに崩れていき、衝撃的な結末にいたってあざやかな「絵解き」がおこなわれる。

 まあ、これもSF的にみれば陳腐なアイディアだと思います。アシモフやクラークあたりが書いていたら凡作に終わっていたんじゃないかな。ところがスタージョンが書くと、永遠に海を失った男の孤独と栄光が圧倒的な質感でおしよせてくる。文句なしの大傑作。

 インターネット上の感想をひととおりさらってみたんだけれど、この作品については「わからない」という声が大きい。まあ、結末近くまで非常に抽象的なイメージがつづくので、そういう意見が出ることは理解できる。でも、これ、わかるもわからないもないと思うんだよね。

 詩情ゆたかなイメージによってつくられていく世界は、少年の夢と病んだ男の悲鳴にみちて、ただひたすらに美しい。SFや幻想文学という括りを外して、主流文学のほうにまで足をのばしても、これほど切なく迫る美しさをもった小説は稀でしょう。絶品です。