SFオタクがオールタイムベストSFの1位に『夏への扉』を選ぶなんてことは絶対にありえない。奇想とロジックとサプライズを追い求める生粋のSFオタクが、このような単純明快かつスケールの小さいロリコン向けSFを好むわけがないからだ。
 でも、非SFオタクがオールタイムベストSFの1位に『夏への扉』を選ぶというのはわりとよくあることだと思う。わりとどころかすごくよくあることだと思う。真の意味でのセンスオブワンダーかどうかはわからないものの、誰にでも理解できるセンスオブワンダー的なものが存在することは確かだからだ。
 そういった意味で、『新・SFハンドブック』のオールタイムベストランキングは興味深い。あれはようするに、投票者にSFオタクよりも非SFオタクのほうが多かったということなのだろう。でなければあんな結果になるわけがない。

 ああっ、石野さんがみんな思っていても口にしないことを平然とっ。次のSF大会に行ったらフレドリカたん萌えのひとに刺されますよ。

 まあ、「夏への扉」はあれはあれでやっぱり傑作なんだけれど、SFを代表する一作というのはさすがに無理がある。

 「夏への扉」が1位を獲ってしまったという事実は、投票者中に占めるSFオタクの多寡というより、最大公約数のマジック、もしくはSFオタクもひと皮むけば「ちょっといい話」が好きな普通の人という事実をあらわしているんじゃないかと。

 考えてみればハインラインの短編集もほとんど入手困難なんだよね。ストーリーテラーとしてのハインラインの力量は、「夏への扉」とか「月は無慈悲な夜の女王」あたりを読んでもわかるけれど、SF作家ハインラインの本領は短編にあるかも。

 というわけで、ハインラインの「未来史」中の代表作「鎮魂曲」をぱらぱら読み返してみたんだけれど、やっぱりハインラインはうまい。これもSF的には興趣の少ない「泣かせSF」だけど、しみじみと良い小説。

 生涯月への夢を抱いて過ごし、大富豪に成り上がったものの、その頃には既に肉体が月旅行に耐えられなくなっていた男、デロス・D・ハリマンの晩年をえがいた短編である。途中、カットバックで挟まれる回想シーンが最高に巧み。

「坊や、ちょっと真面目な相談をしたいの」――「はい、お母さん」――「あなたが来年、大学に行きたがっていることは知ってるわ――」(行きたがってるだって! それが生きがいなんだ。シカゴ大学へ行って、モールトンのもとで勉強し、それからヤーキス天文台に行き、フロスト博士自身の指導のもとで働く)――「それに、わたしも、そうさせてあげたいと思っていたのよ。でも、お父さんが亡くなって、女の子たちも大きくなり、家計のやりくりがますます難しくなってきたの。あなたもずっと良い子にして、よく助けてくれたわ。わかってくれるわね」――「はい、お母さん」

「号外! 号外! 成層圏ロケット、パリ到着。ぜーんぶこれで読めるよ」遠近両用眼鏡をかけている痩せた小男が、その号外を引ったくるようにして事務所へ帰っていった――「これを見ろよ、ジョージ」――「え? ふーん、面白いな。だが、これがどうした?」――「わからないのかい? 次は月だぞ!」――「ほう! だがデロス、きみは馬鹿げているよ。きみの困った点はそこだ。ああいうつまらん雑誌を読みすぎることだよ。そういえば、うちの息子も先週、そんなのを読んでいた。スタンニング・ストーリーズとかなんとかいう雑誌だったが、ぼくはちゃんと小言をいっておいたよ。きみの家でも、きみにそういうしつけをしておくべきだったんだ」――ハリマンは、中年の狭い肩をいからせた――「かれらは、きっと月へ行くぞ!」――かれの共同経営者は笑った――「好きなようにしろよ。坊やがそれほど月を欲しがるのなら、パパがみやげに買ってきてやるよ。ただ、手形割引と手数料のことは忘れないようにしてくれよ。金が入ってくるのは、そちらのほうからなんだからな」

 どうだろう。たったこれだけの描写でも、だれにも理解されないまま夢を追いつづけ、その夢が実現したころには既に老いさらばえていた男の、孤独と哀しみが伝わってくるようじゃないか。やっぱりハインラインは偉かった。

 ただ、問題はこういったストーリーテラーとしての力量が、SF作家としてのカリスマには繋がらないところにある。まあ、だからこそ一般的な人気を獲得できるのかもしれないけど、やっぱりカリスマSF作家は飛躍の天才じゃないとね。