読了。

 作家山本弘が、古きよき「ヴィンテージSF」7編をまとめたアンソロジー。「ヴィンテージSFセレクション」の第1弾だが、続編が出るかどうかは、この本の売れ行き次第ということらしい。

 個人的な感触では、この1冊でおしまいということになりそうな気がしてならないのだが、これは良い本だ。少年時代からSFに溺れて過ごしたと思しい山本は、さすがの目利きぶりを見せている。

 収録作は力作揃い、どの一篇をとっても「これぞSF!」と膝を叩く作品が集められている(これ「だけ」がSFだとは思わないけれど)。

 山本少年は「いつか有名になったら海外SFアンソロジーを作ってやる!」と思っていたらしい。それが(本業とはちょっと違う分野での業績も含めてだが)本当に有名になって、みごとに夢が叶ったわけだ。ちょっといい話ですね。

 そういうわけで無慮数十年の構想期間があっただけあって、収録作のラインナップは、そこらの本とはひと味違う。

 ポール・アンダースンやA・E・ヴァン・ヴォクト(本当はヴァン・ヴォートのほうが正しい発音らしい)あたりはともかく、アラン・E・ナースとかコリン・キャップといった作家は、僕は名前すら聞いた事がなかった。

 仮にこれからこのシリーズが何巻続いたとしても、クラークだのブラッドベリだのティプトリーだのは決して登場しないだろう。

 しかしアラン・E・ナースの「灼熱面横断」、コリン・ギャップの「ラムダ・1」、いずれも悪夢的なイマジネーションが強烈な印象を残す作品だ。これに限らず、この本には剥き出しのアイディアをそのまま小説の形に整えたような無骨な作品が並んでいる。

 収録作のどれひとつを採っても、いまなら「異形コレクション」の一席を占めていたところでだれも驚かないだろうと思う。しかしこれこそがSFである時代もあったわけだ(いまもそうあるべきだ、と編者は主張するかもしれない)。

 サイエンス・フィクションは錆付きやすい彫刻である。たとえば本格推理の長短編は、シャーロック・ホームズやブラウン神父の冒険譚がそうであるように、時の審判に耐えて不滅の輝きを示すものが少なくない。

 しかし、SFはそうはいかない。山本がみずから記すように、この本に収録された作品の多くは科学的な視点からみれば苦笑ものである。よりにもよってひとり乗り飛行機に乗って火星まで旅してしまう「火星ノンストップ」のばかばかしさ!

 そういった要素はいまや欠点というより、愛すべき長所というべきだろう。科学的にどれだけ正しくても、おもしろくないものはおもしろくないわけだし……。

 前述したように力作ぞろいの本なのだが、最大の見ものはやはり野田昌宏訳「シャンブロウ」に尽きる。主人公は太陽系無宿の放浪者、ノースウェスト・スミス。しかし物語の中心は、彼を襲う怪物シャンブロウである。

 怪物といっても、この異星の魔少女の愛らしさときたら、あなた……。「SFが生み出した最も魅力的なエイリアン」といわれるのは伊達じゃない。

 このシャンブロウに心から「萌えた」野田昌宏が、「なんだって俺ァ、他人の訳した〈シャンブロウ〉の解説なんて書かなきゃならねェんだ!」と叫んだことはSFファンには広く知れたところ。

 となれば、この新訳は野田にとっても長年の宿願が叶ったものであるわけで、山本弘の粋な計らいといえるだろう。

 ちなみに、作者のC・L・ムーアはこの本の紅一点。黎明期のスペースオペラヒロイック・ファンタジーの世界で活躍したごく少数の女性作家のひとりである。

 どうでもいい余談だが、実は山本弘はヘンリー・カットナーを主役にムーアの謎を追った短編を書いている。はっきりいってそれほどの出来とは思わなかったが、とにかくムーアが好きで好きでしかたないことだけはよくわかる作品だった。

 ムーアという作家は一種の天才で、その作風はいまに至るも唯一無二。はじめは性別を隠してデビューした。「シャンブロウ」という衝撃的な傑作とともに、C・L・ムーアという見知らぬ名前と出逢った読者は、まさかその「C」が「キャサリン」という可憐なファーストネームを意味するとは思いもしなかったことだろう。

 その意味でムーアは、男性の仮面を被って作家活動を続けたジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの先駆でもあることになる。

 ノースウェスト・スミスのサーガを特徴付けるのは、マゾヒスティックなエロティシズム。支配され、虐げられることの暗い悦びである。主人公が男性であれ、女性であれ、ムーアのキャラクターは他者を支配しようとする力強さとは縁遠い。

 ノースウェスト・スミスは孤独な宇宙の狩人だが、その自由を愛する心の裏には、自由と孤独を放棄してより強いものに隷従する欲望がひそんでいるように思えてならない。

 シャンブロウのほかにも彼はさまざまな怪物に出逢うのだが、しばしば敗北寸前のぎりぎりのところで相棒の金星人に助けられる。助かってよかったのかどうか、それは本人以外だれも知らない、というわけだ。

 いまだったらボーイズ・ラブSFになっているネタなんじゃないかなあ、という気がしてしょうがない。まあ、いずれにしろ、時代を超越した名作である。待望の野田昌宏訳は冴え渡り、大宇宙の魔女シャンブロウの妖しい魅力は深く記憶に残る。

 ところで、あとがきにこのシリーズの続刊の予定が記されている。

・「騒音レベル」(驚異のサイエンス篇)
・「思考の谺」(謎とサスペンス篇)
・「跳躍者の時空」(奇想ワールド篇)
・「火星をまわる穴・穴・穴」(びっくりユーモア篇)
・「夜のオデッセイ」(しんみりとハートフル篇)

 はっきりいっていまさら「SFマガジン」を捜しだしてひっくり返す気力はないので、ぜひ読んでみたい。うまく続刊が出るといいんだけどなあ。