囲碁殺人事件 (創元推理文庫)

囲碁殺人事件 (創元推理文庫)

 読了。

 ひとは、天才に憧れるものである。

 かれらもかれらなりの水準で苦悩し、努力しているのだと頭ではわかっていても、それでも神にえらばれた選民たちに抱く憧憬の想いに変わりはない。

 そしてまた囲碁、将棋の世界ほどその天才があつまる世界はないだろう。せせこましい日常の世界からはるかに離れて、一手一手に心血をそそぐ棋士たちに、僕たちは強い賛嘆を憶える。

 その囲碁の試合中に殺人事件、それも前代未聞の「予告首切り殺人」が起こったとしたら? 竹本健司「囲碁殺人事件」は、つまりそういった趣向の推理小説である。

 主人公は竹本健治唯一の漫画単行本、いまとなっては奇書に近い「入神」でも主役をつとめる天才少年、牧場智久。

 「入神」の智久は、天才とはいっても苦悶するベートーヴェンにたとえられる悩める碁打ちだが、この「囲碁殺人事件」の智久は弱冠12歳のいたって無邪気な少年。

 あこがれの大棋士の仇を討つため、推理に乗り出す。その向こうに意想外の結末が待ち受けているとも知らずに――。

 竹本にとってこの長編は、名作「匣の中の失楽」につづく第2作目にあたる。作家の本領は2作目でわかるところがあるから、さぞプレッシャーは大きかっただろう。

 しかし、有栖川有栖も解説で書いているとおり、読めばよむほどわけがわからなくなっていく(たぶん未完の)迷宮小説であるところの「匣」に比べると、この小説はいたって行儀がいい。

 無駄なく刈り込まれた構成といい、装飾のすくない端正な文章といい、ひたすらにシンプルかつタイト。ある意味、本格の教科書のような内容である。

 このどこからどこまで愛想がない、硬質の雰囲気こそが本格推理のひとつの魅力である。

 読者を非現実のかなたにみちびくような華麗な本格もいいだろう。だが、その正反対ともいえるような、無愛想な本格もまたみがかれようによっては不磨のかがやきを宿す。

 じっさい20年以上も前の小説なのに、ことば遣いが多少古いことをのぞけば、ほとんど現代の小説といっても通じることは驚異的である。

 時代にも社会にも背をむけて奇計と論理に向かいあったパズラーの強みといえるのではないだろうか。もっと単純に智久きゅん萌えで読むこともできるので、ショタ萌えのひとにもおすすめだ。