- 作者: 高野洋
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2005/06/17
- メディア: コミック
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「ほっとけば人間は人間を殺す… それが人間の本性だ… 民族主義も宗教も言い訳に過ぎないんだ 指導者が「やっちまえ!!」って言っただけで… 人間は理性やヒューマニズムの仮面を… 自らいとも簡単に投げ捨てることができる」
「だけどよ……ハサン この国の人達は……いや旧ユーゴスラビアの人達はみんな…… 血塗られた複雑な歴史を理解した上で民族共存を成し遂げてきた人達だろ…? そんな人たちがそんな簡単に……」
「その通りだドクター… 俺達が暮らしていたのは高度な民族共存の理想郷だった その住人がいとも簡単に変わった… 俺は何も戦争や殺戮行為を肯定するつもりはない… しかし その理想郷でまともな教育を受けて育ったはずの人間があんな戦争をやらかしたんだ… 世界中のどんな先進国だって どんな平和主義の国だって… 明日殺し合いをはじめるかも知れないってことだ……」
読了。
前巻、前々巻に続いてボスニア・ヘルツェゴビナ編。今回イコマが向かうのはセルビア人たちが住むスルプスカ共和国。国とは名ばかりのこの脆弱な地方政体には、いまも内戦で心を病んだ多くの元兵士が暮らしている。
あるものは加害者として、あるものは被害者として、殺戮と恩讐の日々を生き抜いてきた男たちに必死に治療とカウンセリングをほどこすうちに、イコマは幼馴染みでありながら戦時中は敵味方に分かれてたたかったふたりの男と出逢う。
そのうちのひとりに凄惨な内戦の象徴を見出したイコマは、かれが心の憶測に隠しているものを引き出すことによって男を救おうとこころみるが、あたかも地獄の蓋が開いたかのように、次々と残酷な事実があきらかになってくるのだった。
かれはいったい何を隠しているのか? 魂の昏い深淵への沈降のはてに待つものとは? はたして幼馴染みだった二人が以前の友情を取り戻すことはありえるのか? またもやイコマは消えることのない戦争の爪あとと、命懸けで向き合うことになる――。
というわけで、今回の物語の後半は登場人物わずか4人のほぼ完全な密室劇になる。ある種演劇的な舞台設定であり、もし舞台劇だったなら役者の演技力が試されるところだっただろう。漫画の場合、試されるのは作者の筆力ということになる。
高野洋のストーリーテリングはなかなかのものだ。ぼろ小屋のなかで繰り広げられる心理劇には圧倒的な迫力がある。叫び、わめき、責め、悔やみ、ときに泣き崩れながら過去の罪と向き合っていく男たち。そしてやがておとずれる夜明け。うん、素晴らしいね。
しかし、やはりいまひとつ表現力がついていっていない印象はぬぐいがたい。せりふの力に、絵の力が負けている。どうも絵柄と物語がうまくマッチしていない気がするんだよね。コミカルな部分とシリアスな部分のかみ合わせもいまひとつ。
おもしろい漫画ではあるし、勉強になる部分もある。だけどやっぱり絵が足をひっぱっているよなあ。漫画は画力だけでもだめ、作劇力だけでもだめなわけで、本当にむずかしいと思う。両方才能がないといけないんだもんね。これからはもっと分業が進むのかなあ。