国境を駆ける医師イコマ 4 (ヤングジャンプコミックス)

国境を駆ける医師イコマ 4 (ヤングジャンプコミックス)

 読了。

 世界各地の紛争地帯を駆けまわって弱者を救う医師イコマの活躍をえがいた連作。第4巻ではボスニアで地雷撤去に生涯をささげる人々の物語が綴られている。とはいえ、そこで見えてくるのはきれいごとだけでは済まない凄惨な現実だ。

 高野洋の絵はお世辞にも巧いとはいいがたいが、イコマが次々と出あう過酷な事件には、強烈な迫力がある。ただ、漫画としてはイコマのバックボーンが弱いと思う。医療ミスにより全身麻痺に追い込まれた女性に逆に励まされて出国したという過去は、なるほど、強烈ではある。

 しかしこの部分はあまりにもあっさりと済まされている。もっと紙幅を割いて語るか、あるいは秘密にしておいて読者の興味をあおったほうが良かったと思う(イコマがいつもパソコンを使って会話している謎の女性の正体は、実は全身麻痺だったのだ、みたいな)。

 日本を去りさまざまな戦争の現実を目にしながらたたかうイコマは、ブラック・ジャックほどではないにしろ、十分にヒーローだといえる。しかし、やはりなかなか普通の日本人医師が外国に赴いてこうまでヒロイックにふるまえるものではないだろう。

 なにがイコマを駆り立てるのか、なにがかれに命がけの医療を強いるのか、その部分が多少薄いように感じた。とはいえ、力作であることに変わりはない。この巻では、ジプシー(政治的に正しい表現でいえばロマ)の男がイコマに語る言葉がいい。

「いいかドクター 俺達は人を殺さない 殺されることはあっても殺すことはないんだ 俺には何の力もない 守るべき者もいない だからこの国を覆った憎悪の連鎖に巻き込まれることもなく… 正気のままでいられたんだ… ロマってのはもともとインド北西部の民族だったんだ それがある日大移動を始めた… 理由は今でもはっきりわかってないらしい 天災か…あるいは侵略者に追われたのか… 俺達の歴史は弾圧と被差別の歴史だ 自分の生まれを呪ったこともあった だがこの齢になってわかってきた… この地においては放浪という生き方には合理性があるんだ 多くの人間は豊かさと安定を求めて居所を定める それから富の奪い合いが始まり戦争だ… 一方俺達は文化・芸術・芸能の伝播の役を担い欧州の隅々まで放浪を続けた… 俺は自分の血に誇りを持ってる」

 僕などはこの言葉から国をも家族をも棄ててひとり放浪する「グイン・サーガ」のマリウスを思い出してしまうんだけれど、かれの問いかけは深い。家族を守り地域を守り国を守ろうとする責任ある男の生きざま――しかし、それこそが戦争を生み、虐殺を生む。

 愛する妻を殺されたとき、幼いむすめを殺されたとき、憎悪と復讐心に駆られないものがあるだろうか? それでも、その「正当な」怒りと憎しみを乗り越えないかぎり、殺戮の螺旋から抜け出すことはできない。ひとは、愛のためにこそ人を殺すのだ。そんなことも考えさせられる作品である。