読了。

 田中芳樹は、いまの日本でいちばん多くのシリーズを中断している作家かもしれない。たぶん構想力に比して、生産力が足りなすぎるのだろう。退廃の銀河帝国やら、ペルシャ風の王国やら、さまざまな世界を生み出しては放り出している。

 しかしそれでも当代随一の人気作家であることに変わりはないわけで、最近では田中芳樹の原作をほかの作家が小説化した作品が相次いでいる。「七都市物語」、「灼熱の竜騎兵」、「自転地球儀世界」――こんな作家もめずらしい。

 この「野望円舞曲」も田中芳樹の原案を荻野目悠樹が執筆した小説である。田中作品のなかでは「銀河英雄伝説」にもっとも近いだろう。はるかな遠未来を舞台に、宇宙をまたにかけて野心の炎を燃やす男女の割拠をえがいた群像劇だ。

 スペースオペラの枠組みをもってはいたものの、ほとんど戦争に次ぐ戦争に終始した「銀英伝」に比べると多少SF色が濃いが、やはりこれは田中芳樹印の歴史小説である。治世にあって治を乱し、群雄割拠の乱世を望む梟雄たちの円舞曲。

 「銀英伝」がスペースオペラ版「三国志」だとするなら、この物語のモデルはオスマン・トルコとイタリアを巡る血の歴史だろう。清新な軍事国家と腐敗した経済国家のあいだで繰り広げられる陰謀劇。今回は戦記物語に経済的な視点が取り入れられている。

 しかしこの作品に「銀英伝」にない新機軸があるとすれば、それは美貌の女性が主人公になっている点かもしれない。これがどこまで田中芳樹の意思でどこからか荻野目悠樹の狙いなのかはわからないが、エレオノーラはいままでの田中作品にない人物像である。

 不遇の身上から才覚だけでのし上がろうとする彼女と腹心ベアトリーチェの関係は、「銀英伝」におけるラインハルト・フォン・ミューゼルとジークフリード・キルヒアイスを思わせずにおかないが、彼女たちのたたかいはラインハルトのそれほど華麗ではない。

 名家の令嬢として生まれ、優れた頭脳をもちながら、女性として軽んじられるエレオノーラは、必然的にダーティーな手段を使うことを余儀なくされる。ときにその野心は独善的に見え、読者としては感情移入しづらいキャラクターだと思う。

 彼女の兄、女たらしの天才青年ジェラルドがいかにも田中芳樹的なキャラクターなので、余計にこのキャラクターの特異性が際立つ。いったい彼女の最終的な目的は何で、その運命はどこへ向かうのか。物語のいまの時点では余談を許さない。

 正直なところ、いまのところエレオノーラよりジェラルドのほうがはるかに魅力的なキャラクターに思える。物語のなかで彼女がどのような役割を果たすのかわからないということもあるが、それにしても、大長編の主人公としては彼女の個性は弱すぎる。

 なにより、みずから戦場に立ちたたかう英雄たちと比べると、エレオノーラのやり口は卑小に見えるのだ。とはいえ、今後、エレオノーラがジョーカーの役割を果たすこともあるのかもしれない。いままでにない女性主人公の造形を期待して、次巻を待つことにしよう。え? もう出ている?