読了。

 芯に恐るべき奇想があり、ロジックと状況設定でがっちりと固めていく。だから解決という逆算の段階でも、美しく華麗にして豪快剛胆。パズラーとしてド真ん中のド本格ながら、導かれた先には驚愕のド奇想。
 ミステリパズルの書き手としては、鮎哲、綾辻、麻耶を越える史上最高の名手かもしれない。あくまでパズラーであるから、一般の読者に対しては、小説としての膨らみが今後の課題となるのかもしれないが、本格至上主義者である私にはそういう余剰は不必要。とんがったままでいて欲しい。

では、奇想を支えるロジックやプロットはどうか。私見では「P」では奇想に負けてしまっているが、「F」では何とか支えることに成功し、「Y」では奇想と技巧ががっぷり四つに組んでいる。平たくいえば、「P」は失敗作、「F」は水準作、「Y」は傑作だ。

 2004年から2005年にかけて各地のミステリサイトで大きな注目を集めた話題作である。作者の大山誠一郎は過去に翻訳者として数冊の小説を訳しているが、作家としてはこれが第一作品集。いわゆる「衝撃のデビュー作」といっていいだろう。

 なかでも「Yの誘拐」には、なにかと口うるさいミステリファンたちが、まず絶賛といっていい評価をあたえている。これが気にならなければ嘘だ。というわけで多少遅れたが、読んでみた。結論――評判どおり、傑作だと思う。

 「アルファベット・パズラーズ」というタイトルがあらわしているように、「Pの妄想」「Fの告発」「Yの誘拐」という三本の中短編がひとつの長編を成す形になっている。

 いずれもいわゆる「ガチガチのロジック」で攻めるタイプの作品で、奇抜な謎だとか、波乱万丈の展開とは縁がない。よくも悪くも俗悪なエンターテインメント性に媚びることをよしとしない、潔癖なまでに純粋な「パズラー」だ。

 なかでもくるくると推理の方向性を変えながら、意外な犯人と意外な動機を判じ出す「Yの誘拐」の結末は圧巻だ。その「悪魔的な価値観の転倒」には、よほどすれた読者も驚倒するのではないだろうか。

 ただし、どの作品も瑕疵が多い。いいかたを変えれば、ツッコミどころがありすぎる。たとえば「Pの妄想」のさいごであかされる、驚愕の真実――いや、普通気付くだろ、それ。

 極小が極大を映し出すアイディアはたしかにおもしろいし、エレガントだと思う。しかしあまりにも「机上の空論」でありすぎる。じっさいにこんな事件が起きたらあっというまに解決されるだろう。

 もちろんミステリにおける「ロジック」がしょせん壮麗な空理空論の大伽藍であるに過ぎない以上、灰色の現実をもちだすのは野暮のきわみというべきだ。しかしこの作品はなまじ脚色の少ない現実世界を舞台としているだけに、そのむりが際立つのだ。

 これが怪しげな洋館だとか、絶海の孤島が舞台だったらそれほど気にならなかったかもしれない。たぶん、小手先の技術の問題なのだろう。不自然なアイディアを、いかにして不自然に見せないか、あるいは不自然なままで説得してしまうか――その部分で、ひねりが足りないように思う。

 ただ、それでも「Yの誘拐」が傑作であることはまちがいない。これを読み終えると、前二作がこの作品の前振りにすぎないように思えてくる(この本全体の構成は、北村薫「冬のオペラ」に似ているかもしれない)。

 ひとりの子供の死によって閉じられた悲惨な誘拐事件。警察も解決できなかった難事件を、素人探偵たちがささいな手がかりから解き明かしていく。その影には想像だにしないような真相が待ち受けている。

 法月綸太郎が書いたらさぞかし沈鬱になっただろうが、大山誠一郎の場合、あくまでもパズル。だがその真相ときたら――。目的と結果が逆転し、戦慄とともに意想外の光景が浮かび上がる。人間とは、こんなことを考え出す生き物なのだ。