小説 エマ (1) (ファミ通文庫)

小説 エマ (1) (ファミ通文庫)

 読了。

 森薫のヴィクトリアンメロドラマ文藝大作「エマ」のノベライズ第一弾。「英国戀物語(えいこくこいものがたり)エマ」などというなにやら大袈裟で説明調のタイトルを付けられてしまったTVA版の出来は知らないけれど(ちらりと見たところ作画は悪くないみたい)、こちらは秀作。300ページかけてぴったり原作の第1巻までを追いかけている。

 久美沙織はいままで「ドラゴンクエスト」や「MOTHER」をはじめ、「天地創造」、「アンジェリーク」などさまざまなノベライズを手がけてきているが、漫画を小説化したのは初めてなのではないだろうか。しかしできあがったものは、なにかと口うるさそうな原作ファンからもさほど文句は出ないだろうさすがの仕上がりになっている。

 「エマ」は上流階級の御曹司ウィリアムとメイドのエマの恋をえがいた物語である。ひと目で惹かれあいながらも身分の差に隔てられ、それでもなお愛しあうふたりの切ない愛のお話――と、こう書けばいかにも古めかしいようだし、実際にかぎりなく大時代なプロットなのだが、森薫は丹念な上にも丹念な描写でその上に積もった埃を吹き飛ばす。

 森は「メイド」や「めがね」といったテーマに対するフェティッシュな拘りで知られる作家でもあるが、フェティシズムなんてオタクなら多かれ少なかれひとつは持っているはずのもので、彼女が偉大なのは、プライベートなフェティシズムを普遍的な強度を付与するプロセスに全く手を抜かないことだと思う。とにかく清純。とにかく端正。

 森はヴィクトリア朝の英国社会を、その矛盾、その暗黒面までふくめて細部に淫するようにしてえがきだすとともに、どこまでも潔癖な丹念さでメロドラマを描写する。それに対して小説はどうか。こちらも武器となるのは描写である。ただし、小説ならではの形の。たとえば原作ではわずか2、3ページの、エマが初めてめがねをかける場面が小説ではこうなる。

 見える。
 握っている針の頭に、たて長の穴が見えた。
 縫いかけの下着の縁に、いま自分がほどこしたばかりのガタガタの糸目が見えた! ああ、これなら、針に糸を通すことが簡単にできる。糸目をきれいにそろえることもできる。
 なにしろ、ものが、こんなにくっきりはっきり、鮮やかに、わかるのなら。
 エマはあわててあちこちを眺めた。小卓の上の小物たちを。自分の手を。エプロンを。そして鏡を。
 びっくりしすぎて目蓋が引き攣った。べっとりと平板だったあらゆる物体の表層に、微細なディテールが生じていた。卓には木目があり、手には皺とほくろと煤汚れがあり、エプロンにはこまかな繊維があり……鏡の中からは、丸いふたつのガラスをかけたビックリ顔の娘がこちらを睨みかえしているのだった。

 (中略)

 夕焼けに染まる街のあちこちを、エマは夢中で眺めた。家々の屋根のつらなり、道路の混雑、教会の尖塔の黄金。そして行き交うひとと馬車。
 すべてが、エマに、手招きをしてくれているかのようだった。
 おいで、おはいり、仲間におなり、と。
 自分が(それまで何も知らずに)どこに住んでいたのか、どういう現実の中に生きていたのか、エマははじめて強烈に実感した。
 あまりにくっきりと鮮やかだったので、エマは思わず両手をいっぱいに伸ばして空中をまさぐってしまった。つかもうとすれば掴めるような気がしてしまったのだ。なにも、なにひとつ……空気以外は……手に触れない。掴めない。触れることができる範囲にはない、あたりまえだ。しかし、見える!
 世界は、自分の短い腕が届く範囲内にしかないものではなかった。手を伸ばせば指で触れて確かめることができる範疇にだけあるのではなかった。その周囲に、どこまでもどこまでも、果てしなく広がっているのだった。

 いやあ――小説って良いね。おもしろいね。素晴らしいね。ただめがねをかけて視界が拡がるという、ただそれだけのことを表現するための言葉の、この豊穣さ。いつも思うのだけれど、久美沙織の描写はまるでそのあふれる想いをあらわすためのたったひとつの魔法の単語を捜していくつもいくつも言葉を連ねていっているかのようだ。

 この作品そのものが漫画に対する小説からの返答ともいえるだろう。森薫の漫画は決して饒舌ではない。主人公であるはずのエマの心情描写は徹底的にカットされ、ただわずかな表情の揺れ、態度の変化、そんなもののなかにごく微かにゆれる心情をにじませている。それに対して、久美沙織の小説は徹底して豊かに心情を語る。

 これは意図的なものと見るべきだろう。久美沙織はひとつの想いや情景をあらわずためにいくらでも言葉を費やせるという小説の長所に的を絞って勝負している。これは漫画ではまずできないことだ。もちろん原作のよさを小説でそのままに再現することもできない。作家の力量ではなく、表現メディアの格差の話だ。

 ところで、久美さん、ご出産おめでとうございます。