生首に聞いてみろ

生首に聞いてみろ

 お帰り、法月綸太郎! 名探偵の代名詞よ。この事件は、あなたにしか解けない。

 読了。

 前回の「このミステリーがすごい!」で堂々ランキング第1位を獲得した法月綸太郎ひさびさの(本当にひさびさの)長編。この「沈黙の十年」のあいだにも、短編では「都市伝説パズル」をはじめとする優れた仕事を残しているし、批評家として活躍してもいるのだが、やはりこの作家には長編を書いてほしいとだれもが思うはずだ。

 そんななか遂に刊行された待望の作品は期待に恥じぬ仕上がり。まあ、「このミス」で首位だったのは、あまりに長く待たされすぎたファンの贔屓が含まれていると思いますが(アシモフの「神々自身」がヒューゴー賞、ネヴュラ賞を独占したようなものか)、まず力作といって差し支えない作品ではないでしょうか。

 積み木崩しに夢中になったこどものように論理の大伽藍を組み立てては崩す「誰彼」の若さが懐かしくないこともないが、客観的に見てやや八方破れの感がある初期のいくつかの作品よりも本作の洗練を採るひとも多いだろう。パズラーの奥義を自家薬籠中のものとした作家の、円熟の筆致が冴えわたっている。

 タイトルを見ればわかるけれど、今回のテーマは「顔のない死体」、いや違った「顔のない彫刻」。逝去した彫刻家が残した遺作には、首から上がなかった。そしてあたかもこの彫刻にあわせたかのように、故人と縁があった美術評論家のもとに生首が送られてくる。犯人は自己顕示欲に敗北した異常犯罪者なのか? それとも? 名探偵法月綸太郎は勇躍事件に挑むのだが――。

 まあ、「異常な奴だったから」では本格推理ではなくなってしまうので、当然ながらこの人体切断には合理的な理由があるのだが、この解決はチェスタトン風の逆説が効いていて悪くない。よくよく考えてみればそうとうに無茶な話なのだが(普通にいえよ!)、今回も悲劇を防げなかった法月綸太郎に苦悩をにじませながら語られるとなんとなく納得してしまう。

 ついに真実に到達した名探偵が「実は××だったんだ」とか「おそらく彼はこのときこう考えたんだと思う」とか、見てきたように真相を語る場面は、たしかに胡散臭いものだが、ぼくにとってはそこらへんの胡散臭さがパズラーのひとつの魅力だともいえる。特に今回は綸太郎の苦悩がほとんどセルフパロディの域に達していて、あと味が悪い話なのにちょっと可笑しかった。

 総体的に見ると「誰彼」のロジック、「頼子のために」の悲劇性、「一の悲劇」のハードボイルド風味が程よくブレンドされた作品という印象だろうか。去年は綾辻行人京極夏彦も宿題を果たしたし、あとは有栖川有栖が学生アリスの新作を書いてくれれば問題なし。まあ質的な心配はあるが、「スイス時計の謎」は傑作だったから、大丈夫なはずだ。たぶん。

 その有栖川有栖が帯の惹句を書いているのだが、これはあまりにも皮肉がきつい。たしかにのりりんは今回も失敗つづきだけれど、なにもそこまでいわなくてもいいじゃないか。まあたしかに、名探偵なんてものはめったに事件を未然に防ぐことができないんだから、その意味で法月は「名探偵の代名詞」だろうけど。え? これ、皮肉じゃないの?