Q.E.D.証明終了(20) (講談社コミックス月刊マガジン)

Q.E.D.証明終了(20) (講談社コミックス月刊マガジン)

「数学は自明である公理から始まり そこから定理を導き出して命題を証明する 現代数学の公理は集合論だ その前提となるものはなんだ?」
空集合φ(ファイ) つまりゼロが存在する」
「そうだ ゼロは証明もいらずパラドックスもない 医者はそのゼロを知ればいい つまり「死」だ」

 読了。

 たぶん日本でいちばんおもしろいミステリ漫画「Q.E.D −証明終了−」、大台に乗る第20巻である。ほとんどの巻が2話収録なので、その倍近い数の事件が語られてきたことになる。たいていのミステリ作家は年を追うごとに発表ペースを落とすものなのだが、この作品は少年漫画、ずっと一定のペースで発表されつづけている。

 アクションもホラーも抜きの純粋本格で、しかも原作者なしの作品としては、驚異的な偉業だといえるのではないだろうか。この節目の第20巻では、カントール連続体仮説を引き合いにだして、無限を語るロマンティストとしての数学者と、証明不要の空集合φ=死を扱うリアリストとしての医者を対比させた「無限の月」が秀逸。

 燈馬のもとにとどいた死者からのメール、「φの場所で待つ」という言葉の意味とは? だれが加害者でだれが被害者なのかわからない無限連鎖殺人の犯人はなにものなのか? この漫画には数学の公式を見立て殺人に用いた傑作エピソード「Serial John Doe」があるが、本編の叙情的な印象深さはそれに劣らない。

 物語の最後には天を覆うような巨大な月が登場するが、無限の秘密を解き明かそうとした連続体仮説カントール不完全性定理ゲーデルが狂気に心をむしばまれたことを思うとき、この月は天上を見上げて生きるものにだけ見えるロマンティストの夢そのものであると同時に、lunatic=狂気の象徴とも捉えることができる。

 その果てに狂気があるとしても、ちりあくたに塗れた地上ではなく、はるか彼方に浮かぶ無限の月を見つめる生きかた、それを選んだ人々をロマンティストと呼ぶのなら、すべての人生の果てに待つ空集合φを見つめて生きるその男は絶対のリアリストであるはずだった。しかし――。感動の結末は必読である。

 もうひとつの収録作は、意外な結末が待つライトでコミカルなエピソード「多忙な江成さん」。問題編と解答編に分かれたわりあい気楽なショートミステリだが、挑発的にばらまかれた伏線がひとつの事実を核に一瞬で結びつくおもしろさはなかなかのもの。

 この巻から読んでもそれほど問題がない作品だと思うので、安手の猟奇趣味にあきあききしているミステリファンのあなたはどうぞ。