約束

約束

「おれたち、やったな」
 やったのはヨウジで自分ではないといいたかった。それでも、幼なじみのやさしい言葉はカンタには涙がでるほどうれしかった。ヨウジが本気でそういっているのを知っていたからである。いつだって、ヨウジはそうだった。先頭に立ち、すすむべき方向を示すことと、最後尾をのろのろとついていく落ちこぼれといっしょに歩くことが、無理せず自然にできる少年なのだ。ヨウジはカンタの誇りで、あこがれだった。

――「約束」

 すべては時間のせいだと謙太郎は思った。時間はすべてのものを駄目にしてしまう。

――「青いエグジット」

 電話にとまる小鳥のように、診療用の丸イスにちいさくなる雄太を見つめた。眉のすこしうえで切りそろえた髪には、つややかに天使の輪が浮かんでいる。大人たちの言葉がまったく届かないのだろう。男の子はぼんやりと宙に視線を泳がせていた。
 この子の心のなかに、外の世界の音をすべて受けつけなるほどの傷や痛みがあるのだろうか。尚美は十歳の息子の肩にそっと手をおいた。

――「天国のベル」

 淡い冬の雲が切れて、河原敷に朝日がさした。正平は沙耶の笑顔をまぶしく見た。それはテレビで見る女優のようにただきれいなだけではなかった。どこか遠くに旅して帰ってきた人間が見せるような穏やかな笑顔だった。

――「冬のライダー」

「おれは兄ちゃんがどうしてひとりで公園にいるのかは、わからねえ。だけどな、ときには自分を折るのも大事だぞ。毎日すこしずつ負けておく。そうしておくと、最悪の事態はなんとか避けられるもんだ」

――「夕日へ続く道」

 邦弘はなにかに感謝したい気もちになって、そっとにじりしめるようにレリーズを押した。リンホフマスターテヒニカのおおきなシャッター音が、せせらぎを断ち切るようにあたりに響く。そのまま八枚撮りのクイックチェンジャーが空になるまで、暮れていく空と競争するように岩場に咲く花の木を撮り続けた。春の山、夕空、川の流れ、白い岩場と一本の若木、天地に存在するのはそれだけである。世界はこれほど単純な形で、十分に満たされている。

――「ひとり桜」

「あのな、研吾の頭のなかに悪いバイ菌がはいったみたいなんだ。頭が痛かったり、吐いたり、足がうまくつかえないのは、そのせいなんだって先生がいってる」
 研吾はぱっと顔を輝かせた。
「このまえの試合でぼくがクリアミスしたのは、ぼくのせいじゃなくてそのバイ菌のせいなんだ。じゃあ、病気が治ったら、また元どおりになるね。やった」

――「ハートストーン」

 読了。

 「航路」の上巻(読了)と下巻(現在、273ページ)のあいだに読み上げた。「スローグッドバイ」「1ポンドの悲しみ」「LAST」に続く石田衣良の第四短編集。スマートで都会的な「スローグッドバイ」や、ビターな味わいが癖になる「LAST」とは対照的に、スウィートでセンチメンタルな短編が七編集められている。

 「約束」、「青いエグジット」、「天国のベル」、「冬のライダー」、「夕日へ続く道」、「ひとり桜」、「ハートストーン」。タイトルを並べてみただけでも、静かで穏やかな作品内容が思い浮かぶような気がするが、七編の物語はすべて絶望的な状況のもとで生きる人びとのささやかな希望を謳い上げたものものばかり。

 研ぎ澄まされたナイフのように鋭く冷ややかだった「LAST」を経て、石田はひたすら希望を綴ることに決めたようだ。「波のうえの魔術師」のあのクールさがないのは残念だが、その代わり、どこまでも甘くせつなく、いわゆる「泣ける」作品集に仕上がっている。どの作品も、哀しいとき、疲れたとき、そっと心を癒してくれる甘いチョコレートのようだ。

 おそらく、この甘さを変節と感じる読者も多いだろう。しかし、これはあきらかに意図的に選択された作風である。過剰な作為や衒気がない柔らかな小説世界には、日光を含んだ毛布のようなあたたかさがある。ただし、チョコレートやほかの甘味がそうであるように、一度に摂取しすぎるとくどく感じかもしれない。一日一編くらいずつが適当だろうか。