偽悪天使 (カッパノベルス)

偽悪天使 (カッパノベルス)

 読了。

 井上雅比古博士。古今東西のあまねく文献に精通し、超音波をききわけ、結界を張り、いにしえの赤い宝石の声を聞き取り、妖しい科学とさらに妖しい超科学を知りつくした狂気の時代が生んだ侠気の天才。

 本書はその「偽悪天使」井上雅比古の佳麗な冒険を綴った極彩色の夢である。夢とは夜の闇のなかで見るべきもの。

 「偽悪天使」「百万弗の人魚」「熱夢 −熱帯雨林冒険篇−」の三篇が収められたこの本には、場末の見世物小屋の、狭苦しくも貧相な建物のなかに、この世のあらゆる神秘と怪奇と禁忌の怪物どもを秘めた、あの底知れぬ暗闇が横溢している。

 熱夢――この見獲物小屋の世界では、すべては宝物のようにもガラクタのようにもみえ、なにもかもこの上なく美しくも悪夢さながらに醜悪にもみえる。ただひとついえるのは、偽悪天使が赴くところ、つねに冒険と混沌と不思議が待ち受けているということ。

 かれの前に姿をあらわすのは、あるいは海底からはこびだされた人魚の歌声、あるいはひとを狂わす恐るべき麻薬、あるいは宝石のように煌く南方の海、そしてまたあるいは命を懸けて仕えるべき幼き神秘の巫女。それらすべてに偽悪天使はときに敢然と、ときに憂鬱に立ち向かう。

 熱夢――すべてが乱雑に混ぜあわされ、混沌と溶け合った奔放な空想世界、いつとも知れず、どことも知れぬ、現代のようでもあり、往古のようでもある世界を、快男児井上雅比古は颯爽と駆け抜ける。

 かれの活躍を彩るは高橋葉介のイラストレーション。決して、完成した、洗練された小説とはいえない。しかし、この想像力のフラスコのなかにこそ、近代小説が忘れさった「物語」の興奮が、本当の意味での「浪漫」がある。

 いまでは滅多にみられなくなった「幻想浪漫小説」。すべてが整然と並べたてられた近代的すぎるファンタジーに食傷した人にはお奨めの一冊。ちと冒険成分が足りない気はするが。