読了。

 資質を感じる。おそらくは未熟な作品である。絵柄も構成も物語も、いまだ未完成のまま、あいまいにゆらめいているようにみえる。刊行期間も一定していない。しかしそれでもなお、資質を感じる。

 いままさに芽吹いたばかりなのに、すでに大樹に育つ日を予感させる若葉。たとえるなら、そういうことになるだろうか。漫画は線の芸術であると思う。

 おなじ作家の引く線でも「生きた」それと「死んだ」それのあいだには、微妙な、しかしまさに致命的な較差があり、ときにそれこそがすべてを決する。そして、記伊孝が引く線は生きている。生きて、精気を放っている。

 峰岸英太郎は犯罪交渉人(ネゴシエーター)である。日本人としても童顔で、みためには少年のようにもみえるかれの武器は、沈着冷静な頭脳と、名探偵さながらの観察力、ひとを安心させる澄んだ声、そして訓練と実践によってみがきぬかれた「言葉」である。

 かれの目的は舌先の詐術で犯罪者を騙し、みごとにあざむいてその目的を遂げることではない。洗練された言葉をもちいて犯人と交渉しながら、そのいっぽうで警察にとっても、犯罪者にとってもベターな解決策を模索すること、それこそが英太郎の職務だ。

 したがってかれは犯人の命も人質のそれと同様に重視する。かれにとって犯罪者は敵ではない。むしろある意味ではともにひとつの計画を達成する同志ですらある。

 かれのまえにあらわれるのは北朝鮮出身のハイジャッカー、狂猛な銀行強盗、街を恐怖でつつむ放火魔、そしてなぞの超巨大カルト教団。英太郎の言葉のマジックがかれらのかたくとざされた心をひらいていく。

 資質を、感じる。いままさに大きく花ひらこうとするゆたかな資質を感じる。おそらくいまはまだ未熟な作家である。しかし、未熟とはつまり成熟にいたる余地を残しているということであり、そして、その資質はこの作品の端ばしにみてとれる。

 いまのうちに読んでおくべきですぜ。