- 作者: 森薫
- 出版社/メーカー: エンターブレイン
- 発売日: 2004/05/26
- メディア: コミック
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読了。
ヴィクトリア朝大英帝国に材をとり、上流階級の青年とうら若いメイドの身分ちがいの恋を描く「エマ」シリーズ最新刊。
森薫といえば「メイドさんの偉いひと」であるわけですが、メイドさん萌えでないひともクラシックなメロドラマとして、今日の価値観では理解しがたい過去を緻密に描いた歴史物語として、楽しめる作品になっています。
世の中には「あらかじめ名作となることが運命づけられている作品」というものがあるもので、「エマ」もそのひとつ。いまいちばん読んでいて心地よい作品はこれかも(ちなみに「先の展開が気になる作品」は「医龍」と「DEATHNOTE」かな)。
この巻ではエマと別れたあとあいかわらず拗ねているウィリアム坊ちゃんの暴挙(?)により、事態がよりめんどうくさい方向にねじまがる様子が描かれているのですが、僕はエレノアも好きなので彼女が傷つかずにすむような結末になればいいな、と。
森さんのことだからそう悲惨な結末にはしないだろうけれど。作者の初期衝動としてはおそらく「メイドさんを描きたい」とか「メガネの女の子を描きたい」といったものがあるのだろうと思われますが、僕が感心するのはむしろそこ以外の地味な部分。とにかくていねいに、ていねいに描きこまれています。
ある作品を生み出そうとするとき、その初期衝動というものは実はなんでもいい。「SFを描きたい」でも「いまどきあえて純文学をやりたい」でも「とにかくエロを描きたい」でも「リストカットを正確に描写したい」でも、どんなものでもいいわけです。
ただそれだけでは「物語」にはならない。物語というものは山あり谷あり、光あり蔭あり、人物あり背景ありではじめて成立するものであって、とにかくただ描きたいものだけを描けばいいというものではない。
それをやってしまうと同人漫画のようなものになってしまう(それでもけっこう受ける場合もあるんだけどね)。
「エマ」は衣服や風物などの細部の精密な描写に執着を感じる作品ではあるけれど、なによりお話としてきちんとおもしろいのが偉い。
もちろんそれほど独創的な展開というわけではない。身分ちがいの恋、離ればなれになる恋人たち、おそらくは創作の歴史上何万回も描かれてきたようなありふれた物語。
しかし、その平凡なストーリーがなんと深く心をうつことか。たんなる「シチュエーション」と「物語」の決定的な落差がここにあります。そしてやっぱり僕はこちらのほうが好きだなあ、と思うわけです。
ちなみに森さんには「シャーリー」の続きを書くつもりもあるようなので、そちらも楽しみ。