第六大陸〈1〉 (ハヤカワ文庫JA)

第六大陸〈1〉 (ハヤカワ文庫JA)

第六大陸〈2〉 (ハヤカワ文庫JA)

第六大陸〈2〉 (ハヤカワ文庫JA)

 読了。

 数十万年をかけ地球上のありとあらゆる場所に移住してきた人類に残されたあらたなるフロンティア「第六大陸」こと月面に基地を建築しようとする人びとの意地と活躍をえがくアーサー・C・クラーク直系の工学系ハードSF。

 僕にはSF的な現実性をチェックする能力はないけれど、非常によく調べて考え抜いて書かれていると思う。これだけの労力を使って高々文庫2冊にしかならないのだから、作家とはたしかに割の合わない仕事である。偉いものだ。いや、ほんとに。

 萌え担当の天才美少女もなかなか可愛く書けているし、これでもうちょっとドラマの部分にも力点を置いていればもっととっつきやすい話になったと思うのだけど、それは望むほうが間違えているのかもしれない。

 というわけで、力作なのだが、それでもなおある種の苛立ちを感じてしまう自分がいることは否定できない。

 この作品のなかの未来社会では、世界は今世紀初頭のアラブ紛争の反省を活かして平和と友好の時代に入っている。しかし現実にはご存知の通り、イラク戦線は底の見えない泥沼のなかに腰まで漬かっているのが現状である。

 そういった現実と虚構の落差をひとつひとつ考えていくと、この小説のなかの楽観的な未来像に一種の反感を感じるのだ。

 そう、たしかにもし打ち続く紛争の連鎖を処理することができれば──重篤な状況にある環境問題を解決することができれば──各国の組織が国家の境界を越えて協調することができれば──僕たちは真の意味で明るい新世紀を迎え、月面にさらなる発展の橋頭堡を築くことすらできるかもしれない。

 しかし、それらの問題は実際にはどうしようもなく未解決のまま残されている。だから、僕はこの作品のなかにはこんな何気ない文章に多少の苛立ちを憶えるのだ。

 しかし未来の人類は? このまま地球の手入れに精を出し続けるのか? このちっぽけな星を隅々まで快適にしてしまったら──そこで、我々の仕事は終わりか?

 違う、と「第六大陸」のなかのある人物は挑戦的に語っている。人類の営みに終わりなどないのだ、と。しかし、その「このちっぽけな星を隅々まで快適に」する、ただそれだけのことがなんとむずかしいことか。

 何億人もの人が飢えと貧困に苦しんでいる状況が現実にあり、それらのひとにとっては人類の夢などよりあしたの食事のほうが大切にちがいないのだ。

 どうもこの言葉は皮算用じみている。空想のなかの未来は今日も明るく、しかし、現実は灰色のままだ。そう考えると、なんというか、良くも悪くもSFはあいかわらずだな、と思ってしまうのだった。