- 作者: 米澤穂信
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2004/02
- メディア: 単行本
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読了。
「たそがれSpringpoint」で「感想が書きにくい本」として挙げられていた一冊だが、なるほど、本編の展開に一切触れることなくこの小説の感想を書くことは少々むずかしい。
ある少年が、遠い異国からやってきた少女とともにすごしたひと夏の物語だ。かれが正確な位置すら知らない遠すぎる国から来訪した妖精。
ちょっとした偶然から主人公たちと知り合った彼女は、ありふれた日常のなかにさまざまな不思議を見つけ出してはかれらに問い質す。「それには哲学的意味がありますか?」。
しかし妖精はわずか2ヶ月間の滞在ののち、故郷へと還っていく。彼女と出会った人びとの心にひとつの謎を残して。本編はそのあとから始まり、あいだに彼女が日本にいたころの回想をはさみながら、妖精が残していった謎への推理を綴ってゆく。
一応、ミステリの範疇に入る作品ではあるが、これまで米澤がものした二作と同じく、むしろ上質の青春小説として読むべき小説なのかもしれない。
これはだれもが知っているひとつの「名前」についての物語である。しかしこの物語を読み終えたあと、その「名前」はあなたのなかで大きく意味を変えるだろう。
そのとき、それはただの言葉ではなく、もっと身近な、痛切なせつなさを孕んだものに変わってしまう。ここにはたしかに世界が反転するセンス・オブ・ワンダーがある。
しかしそれがカタルシスよりもっと苦いものへとつながっているあたりが、米澤の個性といえるだろうか。前作「愚者のエンドロール」と同じく、この小説でもすべての物語は探偵の介入しえないはるかな地点で始まり、そして終わってしまうのだ。
技巧的にはまだいくらかたどたどしい印象を受けるし、決して派手な作品ではない。しかし読み終えたあとの哀切感はわすれがたい。読んで損はない一作だと思う。