永遠の出口

永遠の出口

 読了。

 児童文学の世界で「リズム」「カラフル」といった出色の作品群を発表してきた森絵都がはじめて大人向けに連載した短編をまとめた一冊。

 いつだったか「Midnight Noise」の穂さんに推薦してもらった本である。大人向けとはいえ、いくらか漢字が増え改行が減ったほかはいつもの森絵都となんの変わりもない。

 子供向けの本に比べるとやや硬質な文体に、はじめはすこし違和感があるものの、第二章第三章と読み進めるうちに、つねと変わらぬ彼女独自の世界へとひきこまれていった。

 森絵都の魅力はその極端に醒めた視座にある。いつだって彼女はうそくさい「感動の物語」を冷ややかに眺めずにはいられない。

 いがみあう家族の和解だの、オリンピックをめざす選手たちの懸命の努力だの、かつてならば汗臭くも感動的に描かれたであろう「プロジェクトX」的ドラマをそのままの形で無邪気に使用するには、たぶん森はあまりにも現代的でありすぎる。

 「努力・友情・勝利」を無邪気に信じられる時代ははるかむかしに終わってしまったのだ。

 彼女の作品に出てくる少年少女たちは、燃え上がった恋の終わりにはたいてい失望が待っていることも、努力と勝利のはてにはさらなる戦いが待っているだけであることも知っている。

 すべての状況は知らないだれかがどこかで決めてしまっていて、あたえられたものは変わりばえしない日常だけ。大人たちはもっと激しく燃え上がれと強要するけれど、いまさら気恥ずかしくてそんな気にはなれない。

 それらすべてのどうにもならない現実に対し、「戯言だけどね」とあきらめたように笑ってみせれば西尾維新の作品の主人公になるだろうし、果敢にぶちあたってみごと砕けてみせれば滝本竜彦の小説の主人公になれるだろう。

 しかし森作品のキャラクターはそのいずれともちがう。かれらは口もとにはシニカルな笑みを浮かべ、あたりまえのように「どうにもならないもの」に立ち向かっていく。

 それを見る大人たちは感動のドラマをそこに幻視する。しかし大人たちがかれらを見るその視座は実に致命的にずれている。かれらが求めているものは、苦難と努力の末の涙の結末などという陳腐な物語ではないのだ。

 勝敗すらもはや問題ではない。かれらが戦っているものは、目の前のだれかなどではなく、かれらの人生の旅路に峻険に聳え立つ「どうにもならないもの」なのだから。

 「DIVE!!」の主人公が語っていた言葉をもう一度思い返してみよう。「おれたちの生活って、いつもなんか採点されたり、減点されたりの繰り返しなんだ。いろんなところにジャッジがいてさ、こうすればいい人生が送れる、みたいな模範演技があって、うまく言えないけどおれ、そういうのを飛込みで越えたくて……。試合で勝つとか、満点もらうとか、そんなんじゃないんだよ。もっと自分だけの、最高の、突き抜けた瞬間がいつかくる。そういうの信じて飛んでるんだ」。

 最高の、突き抜けた瞬間。永遠の出口。それこそがほんとうにめざすべきものだ。そしてその気高い挑戦に、すこしの悲愴感もなくかろやかに口笛を吹きながら旅立っていくところに、森絵都の生み出すキャラクターがいま若年層に圧倒的な支持をうけているその秘密がある。

 それこそは、ばかな大人たちが思っているよりずっと深く真剣に悩んでいる「いまどきの若者」の姿にほかならないのだから。

 熱血感動ドラマの時代はもう終わった。「プロジェクトX」の苦労話にうるうる涙する柄でもない。なにか勘違いした熱い大人たちにつきあってやるつもりも全然ない。しかし、もし「永遠の出口」を探すつもりなら、白けたりしている場合でもない。

 目をあけてしっかり見つめさえすれば、世界は意外にもカラフルで、リズミカルだ。さあ踊ろう、と森絵都は誘いかける。ごらん、きみはちゃんと踊れるじゃないか。

 すると、どこからか軽快なリズムが聞こえてくる。灰色に見えた世界には目もくらむような色彩があふれていることに気付く。ちょっと踊ってみようか、とあなたは思う。ひょっとしたら本当にあなたにも踊れるのかもしれない。

 とにかく、まあ、そんな気分にさせる作家だ。