ベツレヘムの星 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

ベツレヘムの星 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

 1年間の365日のうちで、最も小説の題材として取り上げられやすい日は、たぶん12月の24日と25日──クリスマス・イヴとクリスマスだろう。

 ナザレの若者が処女の母から生まれてから既に2000年も経ち、世界はそれと同じ数のクリスマスを迎えたわけだが、今日も変わらずクリスマスはほかのどの日よりもはなやかな祝祭の一日である。

 「ベツヘレムの星」は探偵小説の名匠アガサ・クリスティがそのクリスマスを舞台に、聖書から題を借りて描いた童話集だ。

 クリスティは本職の探偵小説のほうでも「ポワロのクリスマス」という作品を書いているが、こちらは純粋なファンタジーである。

 ただし子どもたちに読ませるのにふさわしいかというと疑問が残る。童話とはいえ、人生に関する皮肉の効いた視点も、ひとの心理の裏の裏まで見通す明晰な、あまりにも明晰でありすぎる視線も、まさに大衆を魅了した推理作家クリスティの魅力そのままだからだ。

 この本は幼い赤子のイエスを抱いた聖母マリアの前に天使が降誕し、のちにイエスが辿る苦難と絶望の生涯を見せる「ベツレヘムの星」から始まり、イエスを乗せたロバの話「いたずらロバ」などを経て、やはり年老いたマリアと彼女の息子の物語「島」に終わる。

 すべての物語がなんらかの形でクリスマスとキリストを扱っているのだが、おもしろいことに、やはりミステリ作家の血というべきなのか、いくつかの話には多少のサプライズとミスディレクションが仕掛けられている。

 キリスト教徒でなくとも聖書について多少の知識さえあれば「ベツレヘムの星」の結末にはニヤリとできるはずだ。クリスティの執筆年表に大著されるような大袈裟な作品ではないが、可憐な愛すべき小品である。

 ついでにいえばおそらく例の「クリスティの100冊」のなかで最も薄い本でもあるだろう。