ユダの窓 (ハヤカワ・ミステリ文庫 6-5)

ユダの窓 (ハヤカワ・ミステリ文庫 6-5)

 読了。

 密室ミステリの傑作中の傑作としてよく名が挙がる作品だが、実はまだ読んでいなかったのだ。

 こっそりほんとうのことを言うと、ミステリ史上最高の評価を受けるクイーンの「Yの悲劇」も途中で投げ出したままだったりする。

 既に犯人を知っているので読む気になれないのである。こんな人間がミステリについてああだこうだと言うことがいかにずうずうしいことかこれだけでもよくわかるというものだが、今度会ったらよく言っておくので赦してやってください。

 それはともかく、「ユダの窓」。前述の通りこれはカーお得意の密室殺人をあつかった小説である。

 そしてそれと同時に全編を通して法廷のなかで繰り広げられる舌戦を描き出した最高の法廷小説でもある。弁護士の役を務めるのはおなじみのヘンリー・メリヴェール卿だが、かれが無実を証明しなければならない被告人は山のように不利な条件を抱えている。

 まず殺人事件が起こった部屋が事件発覚当時に完全な密室であり、室内にかれと被害者しかいなかったこと。

 被告人は睡眠薬入りウイスキーを飲まされて気絶していたと証言しているにもかかわらずかれの口からは酒の匂いがしなかったこと。

 さらに飲みかけのウイスキーはどこにも見当たらなかったこと。そして矢は弓で発射されたとは考えられず手で差し込まれたとおぼしいが、矢には被告人の指紋しか残っていなかったこと。その他いろいろ。

 この絶体絶命とも見える状況にあって、H・M卿は「ユダの窓」というなぞめいた言葉を根拠にして懸命の弁護を続ける。

 ところが事態は逆転に次ぐ逆転を繰り返し、被告人に不利な証言は次々と登場、あげくのはてには被告人がみずから自分が殺したのだと主張しはじめる!

 はたしてわれらがH・M卿は万難を排してこの情勢をくつがえし、被告人の無実を証明することができるのだろうか──?

 本書はたしかに密室殺人ものの名作ではあるが、そのトリックそのものは破天荒なトリックを見慣れた今日の目で見ればそれほど独創的なものでもない。

 しかし解説の山口雅也が書いているように、本書の魅力はそのトリックを鍵として成立している物語の妙にあるといえるだろう。

 序盤、被告人に不利な事実ばかりが積み上げられていくあたりではほんとうにこれがひっくり返るのかと思うのだが、終わってみれば事件の影に隠された真相は決して珍妙なものではない。

 カーは各章にいちいちハイライトを盛り込み強烈なサスペンスで読者を者を架空の法廷闘争のなかへと引き込んでいく。

 そのストーリーテリングの巧みさは絶品で、僕も文庫で400ページの長さを一気に読ませられた。

 殊に実に瑣末なことにこだわるように見えるH・Mの言動の真相が、終盤思いもよらない劇的な効果をともなって浮上してくるくだりは圧巻である。

 クイーンの「帝王死す」を読んだときにもそう思ったが、はたして現代の作家が同じトリックをあたえられたとして、これほどの名作を生み出しえるものだろうか?

 読み終えて「さすが」というひと言が胸に残った。