『アリス・ミラー城』殺人事件 (講談社ノベルス)

『アリス・ミラー城』殺人事件 (講談社ノベルス)

 読了。

 見よ。本格ミステリの血色の系譜のなかでもひときわ妖しい魅力でひとを惹き付ける孤島連続殺人の山脈に、またひとつ異形の高峰が隆起した。

 『アリス・ミラー城』殺人事件」は第24回メフィスト賞受賞作家北山猛邦の現時点での代表作である。

 僕はかれのデビュー作「『クロック城』殺人事件」を読んでいないが、世評を鑑みると「『アリス・ミラー』城」以上の作品であるとは思えない。

 まずこの「『アリス・ミラー城』」が北山の最高傑作だと見てまちがいないだろう(もちろんしょせんこれは憶測にすぎないから、近日中に「『クロック城』」を自分で読んで判断してみるつもりだ)。

 物語の舞台はなぞめいた城「アリス・ミラー城」が孤独にたたずむある絶海の孤島。この城のどこかには「アリス・ミラー」と呼ばれる秘宝が隠されているという。

 それぞれに「アリス・ミラー」を探し出す依頼を受けてここに8人の探偵が集まり、かくして惨劇の幕があがる。

 集められた探偵たちや城の住人が、何者かの手によりクリスティの「そして誰もいなくなった」を模すかのようにひとり、またひとりと殺されていく。

 あるものは密室のなかで殺されたうえ顔を溶かされ、またあるものは全身をバラバラに切り刻まれ、その人生に幕を閉ざす。そしてそのたびに城内のチェスボードに置かれたチェスの駒がひとつずつ消えていく。

 犯人はだれなのか? 彼/彼女の目的はなんなのか? 密室の謎や「不思議の国のアリス」の見立てに隠された意味とは?

 はたして「名探偵」になりきれない探偵たちは事件の終末までに犯人を指摘することができるのだろうか? 世界の終わりを思わせる終幕には、すべてを反転する悪辣な罠が待つ!

 さて、1年ほど前、僕は北山の前作「『瑠璃城』殺人事件」について僕はこのような批評を書いた(ただし文章は多少修正してある)。

 ただ若書きのせいなのかどうかやはり粗は多い。昨日、「クビキリサイクル」についてリアリティ・レベルの混乱がどうのこうのということを書きましたが、この小説ではそれがスケールを100倍くらいにして発生しています。

 「謎の6本のナイフによって定められた転生の運命」などという究極的な不条理をあっさり受け入れているくせに、たかが死体消失だの死体移動だのの謎に悩む主人公のメンタリティが僕にはよくわからない。またわずか200ページのなかで三連発で続く島田荘司的機械トリックはたしかに凄いんだけれど、物語と連動したドライブ感に繋がっていないためにそのインパクトは「よくできたパズル」の域に留まっていると思う。

 こう言ってはなんだけれど、これを読んでいると島田荘司がいかに入念な準備のもとに機械的トリックを用意しているか逆説的によくわかりますね。よく言われることだけれど、「斜め屋敷の犯罪」★★★★☆の凄さはそのメイントリックの大胆不敵さにのみあるのではなく、それを読者に対し隠しおおせる小説技巧にもある。

 その点、この小説はまだ未熟な仕上がりといわなければならないでしょう。骨格だけならきわめて魅力的なのに、あまりにも肉付きが薄すぎるのです。それこそ島田荘司「水晶のピラミッド」並の文章力と構成力で描かれていたなら大傑作となっていたかもしれない不運の佳作と言えるかもしれません。

 ここで前言を翻すつもりはない。前作「『瑠璃城』殺人事件」においてはたしかに北山は技量の未熟さをさらしていた。しかし、この第3作においてかれが採った方法論は前作よりはるかに洗練されている。

 つつしんで敗北を認めよう。完全に騙された。最初から最後まであからさまにさらされている真相を悟ったとき、僕は茫然と息を呑み、次にくすくすと笑い出してしまった。

 笑うしかない、とはこのことだ。作者はあまりにも正々堂々と犯人の名前を明示しているのに、間抜けにも僕はその箇所にまったく気付かずに素通りしていたのだ。

 これまでこれほど露骨に犯人の名前が示されている小説を読んだことは数えるほどしかない。孤島連続殺人ものとしての本作の斬新さはきわめて高く評価されて良いものだと思う。

 「そして誰もいなくなった」のヴァリエーションとしての歴史的価値でいえば、綾辻行人の「十角館の殺人」よりも上なのではないか。

 もちろん一作の小説としては見ればまだ不満点は多い。アイディアとその展開が傑出したものであるにもかかわらず、「『アリス・ミラー』」がまだマイナーな作品にとどまっているのは、端的にいって北山の小説家としての技量の未熟さに原因がある。

 残念ながら本作の欠点を数え上げることは実にたやすい。まず集められたメンバーが探偵ばかりであることの必然性がほとんど感じられないこと。島に集まった探偵たちはそれぞれ個性豊かではあるが、その個性は事件の内容にまるでかかわってこない。

 つまりキャラクターの性格付けの必然性が希薄なのだ。本作には「〜じゃ」という語尾で話す老人や、大金持ちで拝金主義の探偵など、かなりアニメ的にデフォルメされたキャラクターが多数登場するのだが、かれらの個性はほとんど物語に役立てられることもないままむなしく虚空に消えていく。

 また島田荘司を例に出すが、たとえば初期の御手洗潔もとにおいては御手洗の一見無意味とも思える奇矯な言動がのちになって真相をみごとに指し示していることがわかる、という展開がしばしば見られる。

 キャラクターの強烈な個性が小説のなかで必然性をもって描かれているのである。その点、「『アリス・ミラー城』」のキャラクターの個性はどこか空虚で、あっさり殺されてしまうのも無理はないと思える。

 しょせん素人考えではあるが、どう考えてもこの作品の全登場人物のなかでは无多と入瀬が最も主人公に近い立場にいるのだから、冒頭から无多を視点人物にし、かれと入瀬がこの島に来るまでの事情や背景を多少なりとも描きこんで、読者がかれらに共感しやすいような状況を整えておけば、エンターテインメントとしてもっとずっと読みやすいものになったのではないだろうか。

 それから、作中の薀蓄やイメージが徹底を欠くことも難点といっていいだろう。ページ数の関係もあるのかもしれないが、中途半端な情報が多すぎる。

 意味ありげな情報が出てくるわりにそれが作品内容に結実していないのである。「名探偵が失われた時代」という設定など、結局なんの意味があったのだろう?

 あるいはまた、トリックの提示のしかたが下手なことも欠点だ。これは本作に超越的な「名探偵」が登場しないことが原因のひとつだろうが、密室トリックや見立ての解明などの場面がカタルシスを欠いているように思えた。もっときちんと状況を整えて大掛かりに明かすべきだったのではないか。

 これらの諸問題は畢竟、作中における情報の整理の問題に帰着するように思える。なにを書くべきでなにを書かざるべきなのか、北山の小説にはまだ混乱が見られるようだ。

 むろんこれはこれからかれが経験を積むにつれ上達していく要素であるとだろうし、北山はまだデビューしたばかりの新人にすぎない。今後の成長を期待している。すくなくともかれの作品には期待するに足るだけのものがある。

 しかしラスト数頁であきらかになる犯人の動機。これはいったいなんなのだろう? すくなくともこの作品一作だけで考えればまったく理解できない動機である。

 実にばかばかしいとしかいいようがない(まあ現実にばかばかしい動機でひとを殺すものはいくらでもいるわけだが)。

 北山ミステリの特徴のひとつは、本格ミステリとしてのトリックが世界的なスケールの物語と関わりあっているところにある。

 この作品においても最後の動機において一気にスケールは世界へと広がる。だが、これだけではおよそ納得できない。いくらなんでも無茶であり、非合理的である。

 おそらくこれは北山のほかの作品とシンクロしているのだろう。いつの日かこの動機に関連した作品が発表される予定なのかもしれない。

 たぶんこういった連作性は麻耶裕嵩のメルカトル鮎ものを意識しているのだろうと思う。なにより終盤、物語の舞台となる孤島にしんしんと黒い雪が降る黙示録的な光景は麻耶の破壊的傑作「夏と冬の奏鳴曲」を思わせずにはおかない。

 北山は麻耶の後継者たらんとしているのだろうか。否、あるいはかれの踏破した道のあとには、いままでだれも見たことがないあらたな世界が広がることになるのかもしれない。

 それが本格ミステリにもたらすものが福音なのか破滅なのか、そこまでは予想できないが。