読了。

 田中芳樹原案のスペースオペラもの。それなりにおもしろいです。

 オスマン・トルコ帝国とイタリア都市国家のあいだの争乱期をモデルにしたとおぼしい状況の宇宙で活躍したり暗躍したりする野望あふれる人々の物語、かな。

 ある国家の権力者の一族が主人公となっているあたりは田中芳樹の「タイタニア」を思わせるけれど、「銀河英雄伝説」や「タイタニア」と較べると多少SF色が強く、また経済に関する描写も多くて、そこらへんが吉と出るか凶と出るか微妙なところ。

 ここらへんは実作を努めている荻野目悠樹の個性なのかもしれません。例によって膨大な数のキャラクターが登場するのですが、物語の中心となるのはエレオノーラという名の名家の令嬢。

 権力も経済力も持たない彼女は、しかしその才幹だけで自分の野望を実現させようと暗躍します。

 このエレオノーラが第2巻のラストでとんでもない行動に移り、物語は一気にスピードを増します。エレオノーラのキャラクターはいままでの田中芳樹作品にないものかもしれません。

 ただ、彼女にはベアトリーチェという幼いころからの腹心の友人がいて、「銀河英雄伝説」のラインハルトとキルヒアイスの関係を思わせるのですが、ラインハルトと較べるとどうも致命的に可愛げがない気がします。

 荻野目さんについては知らないけれど、田中さんは基本的に女性キャラが書けないひとなんだよね。

 むしろ彼女の兄ジェラルドが飄々とした女たらしでありながら軍事の天才、といういかにも田中芳樹らしいキャラクターで魅力的です。やっぱりこういうキャラつくらせるとうまいなあ。

 さて、田中芳樹が単独で書かず、べつの作家に構想だけ渡して書かせることの是非については賛否両論あると思われますが、僕は良いのではないかと思います(シリーズものの途中からだれかが引き継ぐことについてはまた別ですが)。

 そもそも読者にとって作者の名前など関係ないことであるはずなのです。作品がおもしろいか、否か。問題はそれだけでしょう。ただこういう熱烈なファンを持つ作家の場合、「自分で書け」といわれてしまうのはやむをえないのかもしれません。

 でもファンだからって作家にすべての要求をつきつけられるというものでもないと思うんだよね。

 そもそもなにかのファンという人種の言い草には、しばしば「ファンをやってあげているんだから俺の読みたいものを読ませろ」みたいな押しつけがましいものが感じられることがある。

 でも、結局、ファンというのは個人が勝手にやるものなのです。作家は「ファンになってもらっている」からといって恩に着る必要などないし、読者もまた恩を着せるような言動は慎むべきだと思います。

 読者は読みたいものを読みたいように読みたいだけ読めばいいのです。ある作家の作品の質が下落したと感じたなら容赦なくその作家を見捨てれば良い。

 そうすれば作家と読者のあいだには作家が読者に媚び、読者が作家を脅迫するようなベタベタとした粘着質の関係ではなく、クールでナチュラルな関係が生まれ、業界全体においても自然な淘汰が進んでいくことでしょう。