『戻り川心中』

戻り川心中 (光文社文庫)

戻り川心中 (光文社文庫)

 読了。

 あまりにも語られつくしている作品なのでいまさらいうべきことも残されていないのだが、実に完璧な作品集だった。けなしようがないので★★★★★とする。

 連城三紀彦が主に伝説の雑誌「幻影城」に掲載した「花葬」とよばれる花にまつわる作品を集めた短編集で、収録された作品のすべてがまず傑作といって良い恐るべき本だ。

 日本本格ミステリ史上もっとも評価の高い短編集のひとつだろう。なかでも表題作「戻り川心中」は国内ミステリ短編のベストを争う歴史的な名作である。

 否、世界中をさがしまわったところでこれほどに美しく残酷な空想に充ちた作品がどれほどあることか。

 収録されている作品はこの表題作を含めて五つ(ハルキ文庫には八作収録されているらしい)。

 そのすべてが大正末期から昭和初期を舞台にしたもので、時代の暗さと物語の昏さがみごとに融合して独自の美学的かつ退廃的な世界観をかもしだしている。

 題材としてえらばれた花々の芳香がにおいたってくるかのような淫靡な雰囲気は、この作家独特のものだろう。あるいはこの短編集こそは日本人が連綿と受け継いできた散り逝く花をはかなむ心を結晶したものといえるかもしれない。

 本格ミステリはしばしば小説であることよりもパズルであることを誇りにするジャンルだが、この作品に関しては小説技巧的にも完璧といってよい。

 いまやミステリ以外の分野でもその才能をいかんなく発揮し活躍する連城であるが、ここに収められた最初期の作品ですでにその技巧は練達の域に達しているようにも見える。

 これほど美しくもたおやかな言葉を使いこなす作家は現代に何人といないだろう。

 そもそも本格ミステリとはいっても、本書に名探偵は登場しないし、ほとんどの場合、あばかれた真相はだれに知らされることもなく歴史の闇のなかへと消えていくことになる。

 だが、それにもかかわらず本作はまぎれもなく本格の血を継いだ連作集なのである。

 連城はまずその流麗な筆致で静かに物語を綴り、ひとたび小説としてそこで終わっても文句がつかないほど綺麗な真相を提示する。

 ただの優れた小説家だったならそこで筆をおき、読者の前に物悲しい悲恋の物語をそっと差し出したことだろう。

 だが、そこから夢魔のごとき本格推理作家連城三紀彦が顔を出す。かれがひとことその唇で「崩れよ」とつぶやくと、一度はたしかに美しくも哀しい終わりを見たはずの物語はがらがらと音をたてて崩壊し、あらたな、だれも想像すらしなかったようなさらに異様でさらに美しくさらに哀しい物語の姿があらわれるのだ。

 たとえば収録作中でもひときわせつない余韻が胸をうつ「桔梗の宿」。この短編においては作品末尾のわずか3、4ページほどの手紙がそれまで語られてきた物語のすべてを突き崩す。

 そこであかされる真相は単純明快でありながら同時に意外きわまりないもので、読者は閉ざされてしまった幕の向こうに、ひとりの少女の桔梗の花に託されたはかなくも哀しい想いを幻視するだろう。

 この作品以外の短編も「花」と「恋心」と「滅び」という三つのイメージで彩られた作品ばかりで、しかもそこには前述したように世界観のカタストロフィともいうべき巧妙な逆転の罠が仕掛けられている。

 世界ミステリ史上にもおそらく例がない日本の至宝ともいうべき珠玉の連作短編集である。日本人なら読むべし。