点と線 (新潮文庫)

点と線 (新潮文庫)

 読了。

 今日では新本格派の作家たちから蛇蝎のごとく嫌われている(と思われる)いわゆる社会派ミステリの領袖、松本清張の代表作のひとつである。これがなかなかおもしろかった。

 そもそもこういってはなんだが新本格派の作家やファンのなかには妙に被害者意識が強く、やたらに本格批判に対してピリピリしているひとが散見されるような気がするのだが(こういうこと書くと怒られるかな)、人間には個人の好みというものがあるのだからトリック重視の破天荒な作品を受け入れられないひとがいても当然なのである。

 いいかげん仮想的としての反本格派に対抗するための本格擁護的言論は価値を失いつつあると思うのだが……甘い考えかな。

 それはともかく「点と線」。今日の僕の目から見ると、既にどこらへんが社会派なのかよくわからない。

 たぶん殺人の動機に汚職事件が絡んでいたりするあたりが社会派風なのだろうが、この程度のものを社会性というのならガチガチの本格ミステリにだって社会性をそなえたものはたくさんあるだろう。

 すべての謎が解決するや否やあっさり物語が終わってしまうあたり、むしろ謎解き小説としての純度の高さを感じさせる。

 ただトリックそのものは今日の目で読むとあまりに初歩的で、はっきりいっておもしろくない。たしかに細部までよく考えてはあると思うのだが、根本的な発想の次元が凡庸である。ていうかすぐ気づくだろ、こんなの。

 そういう意味では本格派の作家から貶されるのも無理はないかもしれない。半世紀も前の話だから、時代の限界があるのだという考えも成り立ちはするだろう。

 しかしこのとき鮎川哲也は既に現代の視点で見ても病的なまでに緻密な伝説の名作「黒いトランク」を著していたのだし、壮大な列車トリックを用いた高木彬光の「人形はなぜ殺される」もたぶん出版されていたと思う。

 なによりエラリー・クイーンアガサ・クリスティが今日のミステリの礎ともいうべき名作群を発表したのは1930年代のことである。やはり当時としてもこのトリックは凡庸なものだったと見るべきだろう。

 だが、そこはなんといっても本邦屈指のベストセラー作家。平明な文章には味があり、読者を引き込む魅力がある。薄いこともあるが、実にすらすら読めた。

 実は僕は松本清張に対して「人間性の暗黒を抉りまくるとにかく暗い作家」という偏見を持っていたのだが、これもただの偏見に過ぎなかったようだ

 それに地味だ地味だといわれる社会派ミステリであるが、今日の目で見るとこれはこれである種の味があって良いようにも思えるのである。天才型の名探偵にも最近すこし食傷気味であることだし。

 そしてまた、これは有栖川有栖もいっていたことだが、からだが不自由なため時刻表を見て心のなかだけで旅をするある婦人の造形が凄い。

 なにかこう、冷ややかで天才的なものを感じさせるキャラクターである。このひとを主役にして安楽椅子探偵ものにしたらもっとおもしろかったんじゃないかと思うのだが、それこそまさに本格ファンに特有の名探偵希求心理にすぎないのだろうね、きっと。