シャム双子の謎 (創元推理文庫 104-11)

シャム双子の謎 (創元推理文庫 104-11)

 読了。

 山火事が迫る山荘で殺人事件とダイイング・メッセージの謎に挑むクイーン親子を描いた国名シリーズの第7弾。

 火山噴火のさなかに起こった殺人を扱った有栖川有栖のデビュー作「月光ゲーム」の元ネタはたぶんこれだろう。

 お前の書評はぐだぐだ長すぎるとはよくいわれるところなので、今回は簡潔に行くが、本作の特徴はこの外なる山火事と内なる殺人事件のシンクロにある。

 この山火事は世界の不条理の象徴である。エラリーを含めて、人間たちはこの自然の猛威に対して完全に無力だ。

 そして山荘のなかでも、カードのスペードの6を握った姿である男が殺されるというなぞめいた事件が起こる。

 外部の山火事によって何十人もの人間が死んでいることを考えると、これはまさに笠井潔が言うところの「大量死のなかの特権的な死」そのものだといえるだろう。

 内憂外患としかいいようがないこの危機的状況のなかで、エラリーはそれでも論理的に殺人犯を見つけ出そうと試みる。

 ある意味で愚劣な行為だ。山火事によって全員死んでしまえば、犯人がだれであろうと問題にはならないのだから。

 しかしそれをわかっていてもなお、かれは自分の存在意義を賭けて謎を解き明かさずにはいられないのである。まさに名探偵エラリー・クイーンの真骨頂ここにあり。

 ところで僕たちは「人間的」という概念について、弱いこととか、感情的であることを思い浮かべがちである。なぜなら僕たちのなかのほとんどが弱く感情的であるからだ。

 そして、いかなる状況でも冷静沈着な人間のことを「非人間的」だと感じることすらある。その証拠にアメリカのSFドラマ「スター・トレック」ではどんな場合でも完全に冷静で論理的なミスター・スポックは異星人として設定されていた。

 しかし、すべての動物のなかで本能を超えて理性的な行動を取ることができるのはただ人間あるのみである。その意味では、理性こそ人間の人間たる証なのだともいえるだろう。

 そして本格ミステリとはその本質において理性の不条理への勝利を描く文学である。山火事そのものはいかにエラリーの天才やリチャード警視の勇気をもってしてもどうしようもない。

 しかしふたりはあくまで理性的に不条理と戦うのである。「死」の冷ややかなその手がみずからの喉元に迫ってすら、なお。

 人間を押し潰そうとする巨大な運命へ対しての、無力な人間たちの儚く果敢なる抵抗――これこそ本作一編を通してクイーンが語りたかった主題であろう。

 そしてそれは国名シリーズよりあとの中期クイーン作品へと繋がってゆくものでもある。つまり謎解き推理小説としての構造こそ弱いにせよ、本作は作家クイーンを語るとき決して避けては通れないものだといえるのだ。

 物語終盤、エラリーの犯人当てと呼応して、ついに山火事は山荘へと至る。この極限状況のなかでエラリーが繰り広げる推理は圧巻だ。

 並み居る名探偵のなかでも軽薄さで知られるかれではあるが、それは表面だけのことであって、その人格の中核にあるものは人間の誇りと尊厳を信じる真摯かつ誠実な精神なのだ。かっこいいぞ、エラリー。

 ところで僕は今回、同じ作品を途中で早川版から創元版へと入れ替えて読むということを試してみたのだが、早川版と比べると創元版のほうはずいぶん古めかしい言葉遣いで訳されている。

 ただそのぶん雰囲気があるともいえるので、創元版を好むひとが多いことも理解できる。

 それにしても、ちっとも簡潔にならなかった。